第13話 いっしょに
ロボットとはぐれないように、トコトコ歩いた。
考える。お金がかかるとか、高いとか。どういうことだろう。もっと色々、聞けばよかった。
「ピィピィ」
ロボットが動きを止めて、鳴き出した。何事かと思ったら、夢語が書かれた分かれ道に来ていた。
「なにか、僕に聞いてる?」
「ピィ」
「どっちに行くか、とか?」
「ピィ!」
「どっちが、僕が行くべき館?」
「ピィ?」
「ピィだけじゃ、分かんないよ」
この前の分かれ道は、建物の中だった。
でも、今は――外から建物を見ている。
「どっちだろう」
まるで鏡にうつしたみたいだ。おんなじ建物が左右対称に建っていて、そのど真ん中で僕らは途方に暮れている。
「どちらにしようかな、てんのかみさまのいうとおり!」
やけくそだった。
いるのかどうだか分からない、神様を頼った。
神様に教えてもらった館の扉を開き片足を入れた。そこにいた相沢さんが、怪訝な顔で僕をみた。
「あ、あの……」
「こちらではなく――」
「あっち、だよね。ごめんごめん、すぐ戻る」
急ぎ扉を閉めて隣の館に向かおうとしたけど、扉が閉まらない。
なんでだろう?
よくよくみたら、相沢さんが扉を押さえているせいだった。
「どうか、した?」
「それ、なんで一緒にいるんです?」
指差す先は、ロボだ。
「あぁ、おばさんが道案内に使ってって、貸してくれて」
「おばさん、ですか?」
「うん。おばさん。小屋にいて、薬を配ってる。僕は、要らないっていって、貰わなかったんだけど」
薬――その言葉を発した瞬間、相沢さんの目が、一瞬ぴくりと大きくなった。
「教えてくださり、ありがとうございます」
「あの、何か悪い薬なの?」
「え?」
「なんか、そんな雰囲気、だから」
困った顔をして、黙り込む。
ピィピィとロボに急かされる。うるさい。
じっと待ち続けたら、相沢さんが諦めたように口を開いた。
「薬といっても、いい薬ではありません」
「いい薬じゃないって……じゃあそれは、カクセイザイ、みたいな?」
重怠い空気が、僕らに纏わりつく。
「あなたが想像しているだろう覚せい剤とは全く違うものですけれど。カクセイザイといえば、カクセイザイ……ですね」
大変だ。タイチはあれを、持ってる。
「友だちが貰ってたんだ。飲んじゃう前に、ダメだよって言ってくる!」
「え……」
相沢さんの手の力が、すっと抜けていった。
だから、扉を閉められた。
閉まる前、ちらりと見えた相沢さんの顔は、すごく悲しそうだった。
向かいの建物に入った。廊下を進むと、ロビーにケイとシュンが居た。
「なぁ、タイチ見なかった?」
「え、タイチ?」
「さっき、『いいもん手に入れた~』ってなんか変な袋見せびらかしてきたよ。鍵貰って部屋行った、はずだけど」
「タイチの部屋って、どこ?」
ケイとシュンが顔を見合わせた。
ふたりとも、タイチの部屋を知らないみたいだ。
僕は働いてる人に聞けばわかると思って、フロントにいる、係の子に問いかけた。
「あの、タイチの部屋、どこか教えてほしいんですけど」
すごく長く感じる、沈黙の時間が流れた。
「他のお客様の情報を、お伝えすることはできません」
「友だちなんだ」
「他のお客様の情報を、お伝えすることはできません」
「早く伝えないといけないことがあるんだ」
「他のお客様の情報を、お伝えすることはできません」
まるですごくよくできたロボットみたいだ。
同じことばっかり繰り返されるから、会話にならない。
音が、足りない。
ふと気づいて辺りを見回した。
ピィピィうるさかったロボットが、いつの間にやら消えていた。
「くそっ!」
何か伝える方法はないか?
考えろ、考えろ! 友だちのために!
ロビーに目をやると、ケイとシュンがまだそこにいた。
「ケイ! シュン!」
「ん? どうした?」
「タイチの部屋、わかった?」
「ううん。わかんない。ねぇ……あれ、コイツ、ここに居たんだ」
シュンの手の中に、案内してくれたロボがいた。
「あぁ、お前が連れてきたやつね。ピィピィうるさかったのに、急にしゅーんて静かになっちゃったんだよね。しゅーんて。電池切れかなぁ」
「シュンがしゅーんて」
ケイが笑う。
「ふざけてる場合じゃないんだよ。この後予定ある? もしないんだったら、しばらくここで待っててくれない? ぐるって、タイチ探してくるから。戻ってくるまで、そのロボ預かっといて」
ふたりが口をポカンと開けているのなんてお構いなしに、早口でまくし立てた。
「なあ……」
「お前、ひとりで探そうとしてる? どうせだったら、あっちとこっちからぐるーって探せばよくない? この建物、一周できるようになってるから」
「……え?」
「コウジ、知らないの? ここ、ぐるってなってるよ?」
そんな感じは、何となくしてた。
進んでも進んでも道が途切れないあたりとか、何となく。
だけど、じゃあどうして分かれ道があって、隣の館に行けるんだろう。
どうして、隣の館に行ける人と、行けない人が居るんだろう。
不思議なことがたくさんあって、何から考えればいいのか分からなくなっちゃった。
「ピィ!」
「うわぁ!」
急な鳴き声に、シュンが驚いてロボを投げた。落っこちる前に、ギリギリそれを受け止めた。
「ピッピッ」
ロボが笑う。僕も連れて行って、とでも言いたげに。
「まぁ、結局の所さ――」
ケイが僕とロボ、シュンを順に見やりながら、呟いた。
「よく分からないけど、みんなで探そうよ。ひとりより早いだろ? 俺とシュンが、こっちから。コウジとピィピィはあっちから。見つけたら連れ出して、タイチも一緒に進む。そうしたら、どこかで合流できるんじゃない?」
「そうだね。タイチ抜きで合流したら、お互い見つけられなかったってことだよね」
「うんうん」
仲間がいるって、心強い。すごく、すごくそう思った。
「いこう、ピィピィ」
このロボットに名前なんてなかったけれど、ケイがピィピィって呼んだから、僕もピィピィって呼ぶことにした。
見た目は女の子が好きそうで、女の子戦士の妖精さんみたいだから、けっこう似合ってる気がする。
「ピィッ」
声が弾んでる。名前ができて、喜んでいるみたい。
ケイとシュンに手を振って、ピィピィと共に廊下を進む。
番号が付いた部屋を見つけるたび、ベルを鳴らして確認した。
扉を開けるのを嫌がる人も居たけれど、出てきてくれたり、扉越しに話ができた。時々、なんの応答もない部屋がある。
誰もいないのかもしれないけど、タイチの部屋かも、って思うともどかしい。
トントン叩いて、話をして。
何度も何度も、叩いて話して。
よし次って前を向いた時、目に映ったのはケイとシュンだった。
「ダメか」
もう、タイチはあの薬を飲んでしまったのだろうか。
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