第12話 くすり
たくさん走って、いい汗をかいた。気持ちいい。でも、ちょっと疲れた。
休憩しようとベンチへ向かうと、タイチが隣の学校の子と話していた。
「おつかれ」
「おう、おつかれ」
ちらっと僕を見たけれど、すぐに隣の学校の子との話にのめり込み直すタイチに、ちょっとだけムッとした。
誰かが用意してくれていたらしい水を手に取って、ぐびぐび飲む。
体を動かした後の水って、びっくりするほどおいしい。
飲みながら、耳をダンボみたいにして、タイチの話を盗み聞きした。
『それ、本当か?』
『うん』
『どこに行けば手に入れられんの?』
『え、でもやめといたほうがいいと思う』
『なんでだよ』
『だってそいつ、いまこのホテルで働いてるよ?』
『はぁ?』
『その薬を買うためのお金を、稼がないといけないからって』
薬――なにかいけない薬の話だろうか。時々ニュースになる、カクセイザイとかそういうやつ?
もっと、話を聞きたい。水を飲む手が止まる。コートを見るでもなく、地面を見つめて、耳に神経を集中させた。
『眠たくならない薬とか、最高じゃんか。とりあえず、そのばあさんに会って話聞いてみたいなぁ』
『聞くだけなら、一緒に行こうかな』
『マジ?』
『うん。ひとりじゃ怖くてさ、行ったことないんだけど。実はそのばあさんが居るところ、知ってんだ。この後、どう?』
『行く行く!』
ふたりは約束の証なのだろう、ハイタッチをしてコートへ戻っていった。
戻るタイミングを失っていた僕も、慌ててコートに戻る。
試合はドローだった。どっちもたくさん得点してのドローだった。勝った負けたがなく、それでいてたくさんシュートが決まったっていう満足感からか、みんなにっこり笑っていた。
解散するなり、タイチと誰か――名前は知らない隣の学校の子がどこかへ行くから、探偵みたいにこっそり後をつけた。
これがバレたら、って考えると、なんだかすごく、ドキドキする。
気をつけて、後を追う。
学校で言うところのウサギ小屋みたいな、ちょっとボロっちい小屋に、ふたりは吸い込まれて行った。
中に入られちゃったら、よく分かんない。
壁に耳をつけて話を聞く、って手もあるけど、なんかバレちゃいそうで怖くてできない。
物陰から、ふたりが出てくるのを待つ。
少し、眠たくなってきた。
ほっぺたをつねって、まぶたを引っ張って。
痛みで自分を起こす。
耳たぶをグイッと左右に引き伸ばしていた時、ようやくふたりが小屋から出てきた。
粉薬の袋みたいなものを持っている。
何袋だろう、5、6袋? 味付け海苔の袋みたいに、ピロピロくっついてる。
小さい頃、病院に行った時、粉薬をあんな感じで出してもらったような気がする。
本当にあれは、薬なのかもしれない。
考えて、勘ぐって、ハッとした時。
ふたりの姿はもうなかった。
後を追ってここまできたから、帰り道がわからない。
どうしよう。
悩んだ僕の視線の先には、小屋。
あの小屋へ行って、道を聞けば戻れるかもしれない。
でも、薬を売りつけられたりしたら?
いや、お金持ってないし。
あれ、ここへ来てからお金を出したこと、あったっけ?
タイチはどうやってお金を手に入れたんだろう?
もしかして、あの薬、実はタダ?
いやいや、働いてるとかそんなこと言ってたし、タダじゃないよね?
でももしタダだったとしたら?
あの小屋へ行ったら僕もピロピロを貰うことになっちゃう?
道を聞きたいだけなのに、怖くて一歩がなかなか出ない。
だけど、勇気を出して、小屋に入った。
お邪魔します、と挨拶をするつもりが、声が出なかった。おばさんが思っていたよりもずっと近くにいたから、びっくりしたんだ。
「あら。キミもかい?」
「えっと、僕、道に迷っちゃって。それで、教えて、欲しいなって、思って」
「そうかい、そうかい。どこの館かな?」
「えっと、よく分からなくて」
「鍵は?」
「まだ、です」
「う〜ん……」
おばさんが考え込んでしまった。
「地図、とか、ないですか?」
「んー、持ってない。けど……そうだ!」
ポンとひとつ手をたたき、おばさんは鳥籠を取り出した。
その籠の中には、前に相沢さんが用意してくれたモノによく似たロボットがいる。
「これ、どうしたんですか?」
「ん? 拾ったの。ピィピィ鳴くだけなんだけどね、なんだか道に詳しいみたいだよ?」
「僕、前に案内してもらったことあるんです。こんなヤツに」
「あら、そうなの?」
ロボットが、僕の頭の周りをクルクルしだした。
やっぱり、アイツだ。お腹にある傷が、同じ模様だもん。
「懐いてるのかなぁ。この子に案内してもらうといいよ。できるかい?」
「ピィッ」
「いいんですか?」
「あぁ、いいとも。……そうだ、そうだ。キミはいるかい?」
少しいたずらな笑い方。
すうっと差し出された、ピロピロの味付け海苔みたいなやつ。中には粉が入っているみたい。膨らんでいるところと、ぺったんこなところがある。
触りたくもなかった。なんだか、怖かった。
「いり、ません」
「あら、そう? これ、すごく高いんだよ。本当は、お代をもらわずにポンと差し出すもんじゃない。初めての子だけ、タダで渡しているんだけどね。キミ、ここから立ち去ってから、やっぱり欲しいってなったら。その時はお代がかかるよ? 今『いる』って言ったらタダだけど、一歩出ただけでお金がかかる。本当に――要らないのかい?」
おばさんはきっと、僕に受け取って欲しいんだ、と思う。
ちょっとだけ、もらっておこうかなって気分になる。もらって、要らなかったら捨てればいいし。正直を言うと、すこし、観察してみたい。
でも、待てよ?
いくらここがリトルホテルでも、このおばさんは知らないおばさんだ。それに、ここには働く人も含めて子どもしかいないのに、この人は大人。この人だけ大人。
絶対、変だ。
お母さんとの約束を思い出した。『知らない人から何ももらわない』っていう約束を。
「いりません!」
頑張ってお腹の底から出したから、すごくはっきり、強く。だけどブルブル震えながら声が飛び出していった。
「そう。残念」
おばさんは、今なら心変わりしても間に合うよ、と言いたげに、ピロピロをヒラヒラさせながらゆっくりとしまう。
カタン、と引き出しが鳴った。僕がそれをタダで手に入れることはできなくなった。
「ピィッ、ピィッ」
用がないなら行こうぜ、なんて言っているように聞こえた。おばさんがゆるゆると手を振るから、「これ、お借りします。お邪魔しました」と頭を下げて小屋を出た。
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