第11話 しんぱい




 みんなと一緒に部屋に向かって歩きながら、ふと、この世界でモリモリ食べたら、起きたときお腹はどうなっているんだろう? と気になった。でも、カルピスが平気だったんだし、ご飯だって、幸せな気分だけ残して、幻みたいに消えてくれちゃうんだろうな。

 また明日、とか言いながら、またすぐに会うだろうタイチに手を振った。

 誰かが部屋を見つけるたびに、手を振った。

 気づけば、僕とユズキだけになっていた。

「ねぇ、コウジ」

「ん?」

 戻ってきても、部屋はぐちゃぐちゃに入れ替わっていなくて、隣のままだった。

 鍵を開けて、いざ入ろうって時にユズキが、

「コウジ、はやめに眠れよ?」

「え?」

「いや、分かんない。ちょっと気になることがあって。ただの心配で済めばいいんだけど。僕もそんなにここ長くなくてさ。よく分からないことばっかりだから」

「えっと……?」

「とにかく。早めに眠って、早起きするんだ」

「あぁ、うん」

「じゃあ、また今度」

 バタン、とユズキの部屋のドアが閉まった。

 ユズキの心配って、なんだったんだろう。

 何の心配をしているのか、教えてくれればいいのに。

 むくれながら自分の部屋に入った。

 ぶつくさ文句を言いながら、ベッドに体を放った。お腹がいっぱいだからか、なんだか眠い。このまま、眠っちゃいそう。

 うとうとしながら、ハッとした。このままじゃ、教科書とノートを忘れていっちゃいそうだ。

 ぎゅっと抱きしめて、もう一度ベッドに寝っ転がる。

 きっと、ユズキの心配ってこれだろう。

 僕が、教科書とノートを忘れてチェックアウトすると思ってるんだ。

 へへんだ。ちゃんと持って帰るもんね!

 チェックインする時はひつじを数えたりして頑張って眠るのに、チェックアウトはすぐ眠れる。なんでだろう。不思議。

 ベッドかなぁ、それとも――。


 目が覚めたとき、目覚まし時計が5時を指していた。さすがに早すぎだ。

 板を確認したら、チェックアウトって書いてある。

 目はぱっちりしているし、頭もスッキリしている。お腹は、ちょっと空いてる。

 ベッドでゴロゴロしていようかな、暇だなぁ。朝ゲームとか、しちゃう?

 考えながら体の向きを変えたら、教科書とノートを少し潰しちゃった。

 そうだった、抱えていたんだった。

 少し曲がっちゃったところを直しながら、パラパラめくってみた。

「え⁉」

 びっくりした。やったはずの宿題が、やってないことになってた。

 飛び起きて机に向かって、ガリガリ宿題をした。

 一回解いているから、書くだけ。書くだけだけど、思い出して、書いてってしていると、結構時間がかかっちゃった。

 途中、お母さんが起きた音がした。宿題が終わる前に、お父さんが起きる音もした。

 やっと宿題を終える頃には、なんだかへとへとになっていて、お腹もグーグー鳴るほど空いていた。

 どうしてだろう。確かにやったのに。

 朝ご飯をかきこんで、家を出た。

 学校に着くなり、タイチに問う。

「ねぇ、起きてから宿題やった?」


「はぁ?」

 タイチは小声で、

「何言ってんだよ」

「だって、起きたら真っ白だったんだもん。タイチも、あっちで教えてもらって、朝宿題を解きなおしてるのかな? って思って。違うの?」

「俺はあっちでやったらそのままだよ。ちゃんと書いた状態のやつ持って起きてる」

「マジで?」

「マジで!」

 あぁ、分かったぞ。ユズキの心配って、きっとこれだ。僕のノートが真っ白なんじゃないかって心配してたんだ。でも、なんで?

「ねぇ、今日もユズキと約束してたり、する?」

「ん? してないけど……どうせ会うっしょ? なんか用でもあんの?」

「うん。ちょっと、聞きたいことが」


 その晩、リトルホテルで再会したユズキに聞いてみたら、やっぱり、僕のノートが真っ白なんじゃないかって心配していたと教えてくれた。

「前にね、ノートに、借りた鉛筆で落書きをされたことがあって。嫌な気持ちになったんだけど、でも、チェックアウトしたらその落書きは消えてなくなってたんだ。すごく不思議で。それを思い出して、あれ、大丈夫かな、って気になってたんだけど。僕だけかもしれないしって思ったら言い出せなくて」

「そうだったんだ。でも、気になってることがあるって教えてくれたから、早くチェックアウトして、早く気づいて、どうにかできた。ありがとう」

「役に立てたなら、よかった。なんか、ここのものは招待状しか持ちだせないみたいだから。気をつけて」

「うん」

 今日は宿題の約束をしていなかったから、家で済ませてきたし、教科書やノートを持ってきていない。でも、覚えておこう。なにか書き物をするときは、ノートを持ってくるときは、ペンも一緒にって。

 シュンにサッカーしようと誘われたから、金魚のフンみたいにくっついて、グラウンドへ向かった。たどり着いたのは、大人が使うやつみたいな、広い広いコート。

「僕らには広すぎない?」

「えぇ、これが普通でしょ?」

「でも、この前は――」

「あぁ、あれはフットサル用だから」

「そうだったんだ」

 なんだ、子ども用ってわけじゃなかったんだ。


 大きなコートというだけあってか、たくさんの人が集まっていた。知っている人も居るけれど、知らない人もたくさんいた。

 チーム分けはどうするんだろう? と不安になっていたのは僕くらいだったのだろうか。話をよくよく聞けば、知らない人たちはユズキと同じ学校の人たちで、僕たちの学校とユズキたちの学校での対決になるらしい。

 少年サッカーチームに所属している人がちらほらいるけれど、普段サッカーをしない人がそれ以上にいた。ラフプレーをしないとか、そういうことはちゃんと守ろうって約束をして、だけどちょこっと怪しいオフサイドとかは取らないっていうちょっとゆるめのサッカーが始まった。

 ルールだけじゃなくて、人数も実はゆるい。フィールド上に普通に12人以上いるし、疲れたーっと勝手に休憩していたりする。

「リョウ!」

 学校の授業とかだと、得意な人がずっとボールを持ってる。だから、苦手な人はただ走っているだけだった。

 でも、リトルホテルは違う。

 みんなの足に、ボールが飛んで、みんなの足が、ボールを蹴った。

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