第15話 ミオちゃんが




 待っても待ってもタイチは来ない。

 もう一時間目が始まるってとき、先生が出欠をとった。

 タイチは今日、欠席らしい。

 いつもだったら、欠席者がいるとき、先生はその理由を言うけれど、今日は言わなかった。

 だから、どうしてタイチが休みなのか分からなかった。

 分からないけど、風邪でもひいて寝てるんだろう。今日の授業の内容を、メモにまとめて渡しにいこう。それで、あの薬はダメだよって、伝えよう。

 ぼーっとすると頭がタイチでいっぱいになった。

 タイチのためにまとめなきゃ、って、頑張って集中して授業を受けた。タイチの代わりに給食当番もこなした。

 ウサギの世話は、他の子が代わってくれたらしい。

 モグモグ美味しそうに野菜を食べているウサギたちに手を振って、僕はゆっくり急いでタイチの家に向かった。

 勝手に足が速くなるから、危ないよって自分を抑えるのが大変だった。速く行こうとする足をなだめるたび、僕にとってタイチはすごく大事な友だちなんだって、気づかされた。

 タイチの家に着くなりすぐ、ピンポンした。けど誰も出なかった。出かけているのかもしれない。病気だったら、病院に行ったりしているのかもしれない。

 僕は、一旦家に帰って、出直すことにした。

 カルピスを作って、ごくごく飲んだ。

 ぼーっとしながら作ったからか、何だか薄くって、物足りないから足したら濃くなった。濃くなったから薄めたら、今度は薄めすぎちゃって、薄めすぎたから足したらまた濃くなった。

 もう調整するのを諦めて、濃いままグビグビ飲み干した。

 宿題を始める。

 カルピスを飲んだくらいじゃ帰ってこないと思った。授業のメモと一緒に、宿題のポイントをまとめておこう。答えをそのまま写すのはダメだろうけど、ポイントを教えるくらいは問題ないもんね。

 宿題をするだけならそんなに時間はかからないけど、答えを教えないようにポイントを伝えるにはどうしたらいいんだろう? って考えていたら、すごく時間がかかった。

 すごく時間がかかったんだから、もう戻っているかもって思って、渡すものを握りしめて家を出た。

 何度もピンポンしたけど、応答はなかった。なにか、すごく悪い病気なのかなぁ。あの薬のせいとか、そんなこと、ないよね?

 とぼとぼと家に戻りながら、考える。

 リトルホテルで起きたことを覚えているけれど、あっちで飲んだり食べたりしても、お腹にたまっている気がしない。たしかに、食べたって満足感はあったりするけど、朝ご飯をもりもり食べられるし、飲み物を飲んでもお漏らししてない。

 だから、きっと、大丈夫。

 あの薬をつかったことで、リトルホテルの中でなにか起きたとしても、起きているときには影響しない。

 そう、安心しかけたとき。僕の頭に、タイチの声が響いた。

『眠たくならない薬とか、最高じゃんか』


 焼肉は美味しい。けど、どこか上の空だった。

 お父さんとお母さんに、調子悪いの? って聞かせてしまうくらい。

 帰る頃には、外はもう真っ暗だった。ちらりと目に入ったタイチの家も、真っ暗だった。

 もうすぐ玄関って時、お母さんが急にびっくりしたから驚いた。

 何が起きたのかと思ったら、玄関の前にミオちゃんがいた。

 なんで?

 どうして?

 ミオちゃんが?

 しゃがみ込んで泣きじゃくっているミオちゃんを、お母さんが抱きしめた。お父さんが鍵を開けてくれた。部屋の中に入るとすぐ、お母さんがミオちゃん家に電話をかけた。

 お母さんの驚きの声が、悲鳴みたいな声が響いた。

 その言葉を聞いて、僕は時が止まったかと思った。

「え……タイチくんが、起きないん、ですか⁉」

 びっくりした。それに、僕にはそれとミオちゃんを繋げることができなくて、頭がぐるぐるした。


 迎えにきたミオちゃんのお母さんが、タイチが目を覚さなくなったと伝えたら、最後まで話を聞かないで、ミオちゃんが家を飛び出してしまったのだと教えてくれた。

 家に行ったんだろうとこの辺りを探してはいたけれど、まさか僕の家の前にいるとは思わなかったらしい。ありがとうございます、と何度も頭を下げられた。

 タイチは今、病院にいるらしい。そのことを知らないまま、無我夢中で来たはいいけれどそこには誰も居ない。暗い夜の闇が怖くて、助けを求めるように僕の家に来たけど、こっちにも誰も居なくって。それで悲しくなって泣いていたみたい。

 ミオちゃんはきっと、タイチのことが好きなんだろうな。

 そんなことをぼわーんて考えながら僕は、言葉を投げ合う大人たちと、ミオちゃんを見ていた。

「あのね! 実はね! リトルホ――」

 リトルホテルのことを伝えようとしたんだろう。途中まで言うと、ミオちゃんがぐらぐら揺れだした。力が抜けていく体を、お父さんが支えた。

「ミオ! ミオ!」

 ミオちゃんのお母さんが、狂った。


 ミオちゃんのお父さんに電話をして、ふたりを迎えに来てもらった。

 ほっと一息つく頃には、時計は10時を指していた。

 ハッとして、招待状を掴む。

 初めてこの封筒に触った時は、こんなに震えていたっけ。上手く力が入らない。少し強引に引き抜いた。この丈夫な封筒は、破れることなく板を吐き出した。


 ――――――――――チェックイン――――――――――

 リトルホテルのご利用、ありがとうございます。

 チェックインがすみました。

 お部屋へのご案内は、夜10時半となっております。

 お待ちしております。

 ――――――――――――――――――――――――――


 まだ、間に合う。

 急いでお風呂に入って、もう疲れたからってすぐベッドに潜った。

 お父さんとお母さんは、何も聞いてこなかった。

 どうしてかは分からない。

 気を遣われたのかもしれないし、ふたりもふたりでいっぱいいっぱいなのかもしれない。

 考え事は山ほどあった。頭は冴えていた。

 今日という日の、目に見えない情報量に負けて、強制的にシャットダウンされるまでずっと、ぐるぐるぐるぐる、考え続けていた。



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