第6話 メモリ?
結果は僕らの惨敗だった。
リョウがびっくりするほど下手くそで、ドリブルもシュートもろくにできないし、体を動かすのに慣れていないからか、それとも思わず出ちゃったのか、ハンドを連発していた。
「ごめんごめん」
居心地悪そうに頭を掻くリョウを、誰も責めたりしない。
ここで練習すればいいさ、とか、学校の休み時間も一緒にやろうぜって誘ったりした。
体を沢山動かしたからか、すごく喉が渇いていた。僕はまだこの場所に詳しくないから、会話が途切れた瞬間を狙って、問いかけた。
「ねぇ、飲み物飲めるとこ、どこ?」
「ん? 部屋かレストランか――」
「え、ここにはドリンクバー、ないの?」
「ドリンクバー⁉」
みんなの驚きの声がそろった。
みんながあんまりびっくりするものだから、しどろもどろになりながら、
「え、ここって、ドリンクバー、あるよね?」
「ここには、ないよな?」
タイチがみんなに同意を求めた。みんな、首を縦に振った。
この前、確かにミオちゃんと一緒にカルピスを飲んだんだけど。まるであれが、夢だったみたいじゃないか。
いや、これもたぶん、夢か何かなんだと思うけど。
「ま、とりあえずさ、鍵貰って部屋行って、なんか飲んでこよ」
「そうだね!」
リトルホテルをよく分かっているみんなの後について、歩いていく。
フロントにはやっぱり僕らと同じくらいの子がいて、鍵を下さいとお願いしたら、すぐくれた。
数字はみんなバラバラで、百の位もバラバラだけど、誰も階段を上ったり、エスカレーターやエレベーターに乗ったりしない。ただ、廊下を道なりに歩いていく。
最初に自分の部屋を見つけたのはタイチだ。
「んじゃ、三メモリ後にロビー集合な」
「いいね」
「オッケー」
「わかった」
僕だけ分からない。
聞こうと思ったけれど、聞く暇もなしにタイチは部屋の中に入って行っちゃった。でも、大丈夫。ほかの人に聞けばいいんだもんね。
ずんずん進む。みんなはどんどん部屋を見つけていく。分からないことを聞くタイミングを逃して、逃して。気づけば、僕のほかにはもうリョウしか残っていなかった。
「なかなか部屋、見つからないね」
リョウが微笑み、そう言った。
「そうだね。いつまで歩けばいいんだろう」
「最近来た人の部屋は遠い、らしいよ」
「そうなの?」
「あくまで噂話だけどね」
「じゃあ、タイチって結構前からここに来てるの?」
「そうじゃない? あ、部屋あった」
リョウが鍵を開けようとしたとき、僕は思い出した。聞かなくちゃいけないことがあったんだ。
「リョウ、待って」
「ん?」
「あのさ、三メモリ、とか、その、僕分からなくって」
不思議そうな顔をした。もし一緒に宿題をしていたとしたら、こんなことも分からないの? ってちょっとバカにされてるって思っちゃうくらいの、理解できないって顔に見えた。
「コウジってさ、説明文とか、読まないタイプ?」
「へ?」
「ほら、なにかおもちゃを買ってもらったりとかした時にさ、説明書読まずにとりあえず遊んじゃうタイプ?」
「ん、ん~。一応、ささーって、読むよ?」
少しだけ、納得したような顔になった。そんな人も居るんだな、って理解したっていうか。バカにされてはいないと思う。たぶん、歩み寄られただけだ。優秀な人に、僕が歩み寄ってもらえただけだ。
「部屋の中に説明があるから、読むといいよ」
「読む! 読むけど、教えてよ」
「……ごめん。実は正直、僕もよく分かってない。だから、部屋に入ってから確認しようと思ってた」
リョウが照れ臭そうに顔を伏せて笑った。リョウにも分からないことってあるんだ。分からないこともあるって分かって、僕は少し、胸が弾んだ。別に、リョウをバカにしたいんじゃない。ただ、リョウとの距離が、少し縮んだ気がしたんだ。
「そっか。じゃあ、三メモリ後に、ロビーで」
「うん。またね」
僕はひとりになった。廊下を歩いて、歩いて。部屋を探すけれど、なかなかない。
「ほんとにこのまま進めばあるのかなぁ」
僕はため息をついた。いつまでたっても部屋に辿りつけないという、今この状況を、ため息で紛らわすことができるなら、紛らわせたかったんだ。
ひとつ大きく息を吐くくらいでは、たいしてスッキリしなかったけれど、いいこともあった。
分かれ道が見えたんだ。
掲示板もある。
あの掲示板を見れば、どっちに進めばいいかとか、あとどれくらい進めばいいのか、分かると思った。
「もー!!」
天国から地獄に突き落とされた気分だ。掲示板の文字は読めなかった。
何かが書いてあるのは確かだけど、僕はそれを読めなかった。
英語を習っているから、英語だったらちょっとは分かる。だけど、これは英語じゃない。
アニメとか漫画とかで時々出てくる、アラビア? とかそういう文字でもないと思う。とにかく、見たことない文字。宇宙人が出てくる映画で宇宙語を書くシーンがあったら、こういう文字を書くのかもしれない。ここがもし、夢の世界であるとすれば、これは夢語なのかもしれない。そんなことを考えたけれど、僕はたいして頭がいいわけでもないからか、なんの解決にもならなくて、だからさっきよりももっと大きなため息をついた。
あっちとこっちをキョロキョロしてみる。どっちに進めばいいんだろう。目を細めてみたらなにか浮かんでこないかな、なんて細めてみたけれど何も変わらない。しいて言うなら、あっちの道はずんずん進むと床が変わるみたいだった。
ここまでずっと歩いてきたんだ。それでこれだ。じゃあ、変化があってもいいと思う。違う、変えなくちゃ変わらないんだ。
「よしっ!」
自分に気合を入れるために、力強く声を出した。あっちの道へ踏み出す。
ここまで歩いてきた道のりからすれば、床が変わるところまではすぐだった。
色も材質も変わってる。
この床の感じ、どこかで――あ、そうだ! そうそう、ミオちゃんと歩いた床、こんな感じだった気がする。確か、そう。自信をもって「絶対一緒です」とは言えないけれど。
結局、ずんずん進んでも、部屋は見つからなかった。代わりに、っていえばいいのか分からないけれど、フロントに着いた。
もう、訊くしかない。
「あの、僕、自分の部屋の場所が分からなくなっちゃって……」
恥ずかしいけれど、フロントにいた女の子に訊いてみた。
「部屋が、分からない?」
そんな人いるわけないでしょう、とでも言いたげな顔が、視線が、僕をつつく。
「ここまで結構歩いたんだ。だけど、全然見つからなくって」
「鍵を、見せていただけますか?」
女の子の小さな手に、そっと鍵をのせた。
少しだけ触れた彼女の手のひらは、どこかロボットみたいな冷たさだった。
「あぁ、これは別の館のものですね」
「別の館?」
「すみません。私では対応しかねますので、上の者に確認してきます。すこしロビーでお待ちください」
会釈し、指し示されたソファで待つ。
私では対応しかねますので、なんていう小学生、見たことない。不思議な子。フロントのお仕事をするためにって、授業でも受けたのかなぁ。
暇だからって、空間をぐるり視線でなぞる。丸い時計みたいな何かを見つけた。数字のない、おしゃれな時計みたいだけれど、メモリの数がなんか変だ。
「あんなの、どうやって読めばいいんだよ」
ひとり呟いて、ハッとした。
――三メモリ後に。
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