第5話 あそんじゃおう!




 お風呂に入って、お母さんと一緒にテレビを見ながら、お父さんが帰ってくるのを待った。

 でも、なかなか帰ってこない。もう9時半だっていうのにさ。

 10時半にチェックインするんだから、10時にはベッドに入りたい。そろそろ歯磨きをしなくっちゃ。

 シャカシャカと歯を磨きながら、お母さんがご飯の時にしてくれた話を思い出した。

『昨日から……だったかな? なんか、少し機嫌が悪いんだ』

 昨日、っていうと、僕が初めてリトルホテルに行った日の朝、ってことでいいのかな。

 僕が招待状をダメにしちゃったことと、ミオちゃんの機嫌が悪くなったことって、何か関係があるのかな。

 明日、学校で聞いてみようかな。

 いや、今晩、リトルホテルで話せばいいんだ! きっと会えるはずだし!

 閃いたのはいいけれど、ちょっとだけ不安になる。こんなにワクワクしながら、僕は眠れるのかなって。

「もう寝るね」

「うん。あ、そうだ、コウジ」

「ん?」

「アプリに通知が来てたんだけど、最近、この辺で『飴あげるからついておいで』とか、そういう声かけをされてる子がいるんだって。隣のおばさんとか、知っている人はいいけれど、知らない人から何かもらったりさ、ついていっちゃダメだよ?」

「あぁ、うん。分かってるよ、大丈夫」

「そう。それならよかった。おやすみ」

「おやすみなさい」

 お父さんはお仕事が忙しいみたい。10時になっても帰ってこなかった。

 僕は自分の部屋に入ると、しっかりとドアを閉めた。

 招待状にチェックインって書いてあるかが気になって、ランドセルに手を伸ばす。だけど、もし、開けて読む、っていうのが鍵だとしたら、今開けたらチェックアウトしちゃう?


 僕は何も分かっていない。ため息が出るほど。

 もうこのまま、リトルホテルへ行けると、みんなに会えると信じて寝てみよう。

 布団をかぶって、ひつじを数えた。


 ひつじがいっぴき、ひつじがにひき、ひつじがさんびき――。


「おう! 来たな」

 目の前で、タイチが笑った。

「よかった、ちゃんと来られた」

「んだよ、お前、また親に言いかけたのか?」

「ううん、違うんだけど……。ねぇ、封筒から招待状出して、読むじゃん?」

「うん」

「しまうじゃん?」

「うんうん」

「もう一回出したら、どうなるの?」

 タイチの顔が、変な顔のまま固まった。

 頭の上に、目には見えないけれど、心の目でなら、はてなマークが見える気がした。

 たぶん、タイチは気にしたことがなかったんだと思う。だから、答えに困ったんだと思う。

「ミオちゃんに聞けばわかるかな?」

「なんで、ミオ?」

「だって、ミオちゃんもここ来てるじゃん? この前会ったよ?」

「へぇ。オレ、会ったことないや」

 扉を開け閉めしたら、目の前の部屋が変わってしまう、不思議なホテルだ。だから、同じところにいても会えないっていうのも、あり得ることなのかもしれない。

 それに、チェックインの時間。30分ずれただけで、何か違いがあるのかもしれない。

 タイチが会ったことないって言うんだから、ミオちゃんに会える可能性は低いのかも。

 話をしたかったから、会えないのは残念だけど、今はとにかく――遊んじゃおう!


 この前は気がつかなかったけれど、ここには大きな運動場もあった。

 プロ用じゃない、僕ら小学生にちょうどいいくらいの大きさのコートがたくさんある。こんなところも〝リトル〟なんだな。

「お、ケイじゃーん! うっす!」

 タイチが手を挙げて、アピールしながら駆けだした。

 ケイの近くにはリョウが居る。

 なーんだ。クラスのみんな、っていうと言い過ぎみたいだけれど、ほとんどいるじゃん!

 せっかくホテルに来ているのに、学校に来たみたいだ。なんか不思議。

「コウジ、ちゃんと来れたんだな」

 シュンが拳を突き出してきたから、それに拳でちょんって触れて、挨拶した。

「タイチが招待状をくれたんだ」

「お前が招待状の話をしに来た時、オレ、マジでビビったんだから」

 タイチが笑った。

「『コウジに招待状やろうと思ったら、アイツもう持ってたわ~。誰が渡したの?』ってタイチ、言ってたよな。それで、誰も渡してないからって、遊ぶのそっちのけで喋ってさ」

 リョウがお腹を抱えながら笑ってる。みんなも、そうだそうだと思い出して笑ってる。

 こんな光景、学校では見られない。勉強ができるリョウは、休み時間になってもあまり校庭に出てこない。だいたいいつも、教室か図書室で読んだり、書いたり。すごくまじめな顔をして、飽きずに椅子に座ってる。

 本人から聞いたことはないけれど、中学受験をするって噂だ。だから、必死になって勉強しているんだと思う。そんなリョウの、快活な笑み。

 ここに来ることができれば、彼は笑って、駆けるんだ。リョウと一緒に、外で遊べるんだ。それがすごく、すごく嬉しかった。

「ねぇ、早く遊ぼ! 今日は何するの?」

 みんなはもうここに慣れているみたいだけれど、僕は二度目だし、前回は別の場所で、会ったのはミオちゃんだった。ここは初めてで、ワクワクが抑えられない。そんな僕をみて、みんながまた笑った。

「そんなに目をキラキラさせてる奴、久しぶりに見た!」

 ケイはそう言うと、今日やることを僕に選ばせてくれた。

 それなら、絶対サッカー!

 コートはいくつもあるけれど、そのほとんどがすでに使われている。でも、一面だけ、僕らのために空けておきましたとでも言いたげに、人が来るのを待っているコートがあった。

 不思議な場所だ。誰も待っている人が居ない。かといって、がらんとしているわけでもない。

 待ち時間が無くなるように、ここに来る人の数を制限していたりするのかな。

 それとも、『やりたい』と考えたこととかを誰かが見透かしていて、考えていることに合わせて急に作っていたりするのかな。作るっていうか、世界を歪めるっていうの? 土地を広くするっていうか、なんていうか。

「おーい、コウジ!」

 考え事をしていたら、僕以外みんな、もうゲームを始める気満々でコートの真ん中に立っていた。

 急いで駆け寄り、グットッパーで分かれた。同じチームには、リョウもいる。



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