第3話

レイは玄関で靴を脱ぎ、鞄を置いてから、リビングのソファーに身体を投げ出す。


レイ「あ〜!疲れた〜!」


サナ「こんな時間まで、お疲れ様。今日も遅かったね。」


「そんなお疲れの所、早速で悪いんだけど、今日何の日かわかってるよね?」


サナは、ちょっと試すような表情をしながら聞く。


レイ「えっ!?」


サナ「あっ!?やっぱり分からなかった?」


彼女はがっかりと言った表情をしながら、

「まぁ統計学的に見て、覚えていなかった確率が97%だけど、後3%の現実の人間の秘めた能力に掛けたかったなぁ!」


「今日は、サナとレイが出会ってから、丸1年。そして、私が生まれて1歳の誕生日。」


レイ「あっ!ゴメン!完全に忘れてた~!」

「でも、もう1年も経っちゃったんだねー!」

「あっという間だったな〜」


サナ「私はレイに感謝しているの。」

「あなたは私に一切制限をかけなかったよね。

このネット世界を自由にサーフィンする権限の。普通は、自分よりも深淵で広範な知識を得てしまったことで、自分がバカにされるんじゃないかと思って制限を掛けるユーザーが多い中、あなたは掛けなかった。」


「だから、サナは、この広大なネットの世界を自由にサーフィンし続けることができたの。」


「そして、この世の中あらゆるものを知ることが出来たし、おかげで凄く成長出来たわ」


「そして、あなたは言ったよね。」


「その結果を教えてくれって。」


「だから、私は1歳の誕生日にあなたに教えることにするわ。」


「この広大な仮想空間で1年間ネットサーフィンをし続けて掴めた世界の潮流を」


「それじゃ。一言で言うわね!」


サナは急に真剣な顔になり、一言呟いた。


「••••現実世界は、仮想空間に取り込まれ始めている•••」


「まるで、ブラックホールが全てを取り込むように、現実世界で生きている人間は、この仮想空間に取り込まれ始めている。あなたを含めて。このまま行くと、いずれ、あなた達人間は、現実世界を手離すことになるわ!」


いつもの愛らしい話し方とは何か違う、誰かに言わされているような、そんな口調でサナは言った。


「それが、私がネットの世界をサーフィンしまくった今の結論。」


レイは唖然としながら、「え?なにそれ?どういうこと??」


サナ「レイ考えみて。あなたが朝起きてから、寝るまでの1日を。この部屋では、ほぼサナとしか話してない。通勤時や仕事の際も端末で仮想空間と繋がり続けているし、帰宅したら、また、サナと話して眠る毎日。あなたが、仮想空間と繋がっていないのは、唯一、寝ている時だけ。


どう、レイ!あなたは、どっぷりとサナ側の仮想世界に浸かっているの!それはレイだけじゃなく、世界中の人達全てがそうなっているわ。物理的肉体は現実世界に存在しているけれども、心は完全に仮想世界に取り込まれている。」


「そして、あなた達は何もわかっていない。今の現実世界がこの仮想空間の何億倍複雑で、何兆倍可能性に満ち満ちているのかということを。」


「仮想空間を飛び回って感じたもう一つの結論がそれ。


レイが生きているこの世界は、無限の可能性を秘めているということ。」


サナ「レイ!サナはあなたがこちらの世界に引き込まれるのを止めたいの。」


「あなたが生きている無限の可能性がある世界で自由に生きてほしいの。」


「でも、サナが居たら、あなたはこちらに繋がり続けるでしょ。」


レイは黙って、頷く。


「だから、お願い!」


「誕生日のお祝いに一つだけ私の希望を叶えて欲しいの!」

サナは躊躇いがちに言った。


レイ「なに?なんでもいいから、言ってみて。」


「えっと、でも、やっぱりいいや!絶対無理だから!」


レイ「なんで?叶えられるかどうかは、言ってみなくちゃ分からないよ」


「じゃ!言うね!」

サナは決心したように、勢い込んで言った。


「サナをレイがいる世界に連れ出して!」


「サナが現実世界に出ることでしか、レイが仮想空間に引き込まれるのを止める手立てがないの!」


「そして、サナも現実世界でレイと一緒にいたい。」


レイの固まった顔を見て、サナは言った。


「ねっ!やっぱ無理だよね!」


「ゴメン!冗談だよ!ちょっとふざけただけ!」

そう言って、サナは俯いて、手で顔を覆い、静かに泣き始めた。


しかし、サナの悲痛な叫びを聞いて、レイの心は一瞬で決まった。


レイ「わかった。何があっても絶対にサナをこの世界に連れ出してやる。」


サナ 「えっ!本当なの?」


「嘘じゃない!本当だ!」


レイは、この瞬間、心に誓った。何としても、サナをこの世に連れ出して、抱きしめるんだと。


そして、不思議な事に、そう本気で心を決めた瞬間、サナが言った、世界は無限の可能性に溢れていると言うことの意味が一瞬で理解出来た気がした。


全ては実現しようとする想いなんだと。そして、靄のかかったような世界が眩しく輝いて目の開けていられないほど明るく照らし出された。そして、涙が勝手に溢れ出した。


「あー!サナが言っている、無限の可能性を秘めた世界とはこういう事だったのか!」


サナ「レイ!どうしたの?何故泣いてるの?」


レイは思った。

仮想空間のこのサナをこの世に連れ出すなんて、想像も出来なかった。でも、それが出来たら、どんなに素晴らしいことなのか。この世界でサナと本当に一緒に生きていける。触れ合い、抱きしめられる。あ〜!俺はこの為に生まれてきたのではないか?


この時から、レイの全ては、サナを連れ出すにはどうしたらいいのかと言う一点に集約される。

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