第50話

 普段よりも何倍も長く感じた一日がようやく終わって、自宅に帰ってきた。


 放課後の居残り作業やら、麗羽とのコソコソ隠れてよく分からない件があったのもあって普段何もないときに帰ってくる時間と比べて二時間も遅くなってしまっていた。


「ただいま〜……」


 いつもならここで、「おかえり」と気怠げな妹の声が返ってくる。


 しかし、今日はそれがない。


 疑問に思った悟がリビングに行くと、いつも通り先に帰宅していた妹がいた。


「うーん……」


 ただ、いつもと違うのはリビングにあるテーブルに突っ伏して眠ってしまっていることだった。


 今年受験生となった妹は、勉強やら学生生活が一番忙しい時期に入っていると言っても過言ではない。


「ん、これは……」


 リビングを見渡すと、取り込まれた洗濯物が既に丁寧にたたみ終えられている。

 それだけではなく、夕飯を作るために必要な材料の下処理まですべて終わらせている。


 これは仕事で普段から帰宅の遅い両親に代わって、悟が帰宅後にしていることである。


 それは、中学の時の反抗期の行動に申し訳無さや帰宅部なら少しでも家に貢献しようと悟が申し出たものである。


 どうやらその家事全てを、帰宅が遅くなることを把握した妹が代行でやってくれたようだ。


 そして突っ伏す妹のテーブルには、テストの解答用紙のようなものと、成績表が置かれていた。


「こいつ、忙しいだろうに全部やってくれたのか……」


 受験生の妹は、毎月のように高校入試の模擬テストにあたる診断テストが行われる。


 その結果と中学三年間の内申点の合算で、高校受験の合否の可能性を判定している。


「めっちゃよく頑張ってんじゃね〜か……」


 その成績表を見ると、校内順位は一桁。

 各科目50点満点の計250点満点で、妹の成績は221点という、あと少しで9割に届こうかと言う成績を叩き出していた。


「ん?」


 だが、その成績表で一際ボールペンで荒っぽくぐるぐると囲んで印をつけているところがあった。


 それは社会の点数で40点とやや他の科目より低めの結果になったところ。


 そしてそこに矢印で「大変不本意だが、兄さんにどうしたらいいか聞いてみる!」と、書かれていた。


 悟は、理系を選択している割に異常に社会に強かった。

 特に深く勉強しなくても、診断テストで9割を切ることがなかった。


 どうやらそのことを、妹は覚えていたようだ。


「うーん……。あれ、兄さん帰ってたんだ。お帰りなさい」

「おう、ただいま。すまんな、全部やってくれて。勉強が忙しいだろうに」

「良いんだよ、麗羽姉ちゃんと一緒に作業してたんでしょ? そのためなら何でも……って、勝手に人の成績表を見るなぁ!」

「いやぁ、めっちゃ頑張ってるな。見直した」

「腹立つ〜〜! 常に230超えてやつに言われても煽られてるようにしか聞こえんわっ!」

「安心しろ、もうその時の俺ではない」

「うわ、そのセリフって強くなった時に言うんじゃないの? 弱体化してそれ言ってるやつ初めて見たわ」

「実際に見てどう?」

「絶妙にウザい」

「何したって気に食わねぇじゃねぇか」


 眠っていても、こうしてやり取りするといつも通りの妹にすぐ戻る。

 悟としては妹の寝ている姿は愛らしく、男はほっておかないだろうとも思っていたのだが。


「……それに書いてる通り、社会の上げ方を教えてよ。何であの内容で常に9割キープ出来るわけ?」

「そうだな、間違えたところ見せてもらってもいいか?」

「うん」

「そうだな……。この分野は……を取り組んで……」


 家事をやってくれた分、妹に出来るアドバイスを提供していく。


「……兄さん、今日凄く疲れてるでしょ」

「ん? 俺はいつもクタクタだけど」

「そういうの良いから。顔見たら分かるよ。いつも気だるそうにしてるけど、本当にいろいろあって疲れた時は今日みたい顔してるもん」

「有能な妹の目は誤魔化せないってか?」

「控えめに言ってそう」


 特に意識はしていなかったが、妹からすれば今日の件で疲れ切ったのが顔に出ているようだ。


「何かあった?」

「うーん、体育祭の準備で放課後残るようになったわけだが……。以前にも言ったアプローチかけてくる女が一緒にいるというね……」

「うっわ、そんなの危険すぎるじゃん! 麗羽姉ちゃんからしたら落ち着かないよ!」

「で、その女と麗羽が軽くバチッたりした。で、割と麗羽が押された」

「!? そいつ、何者よ……」

「とにかくモテるから色んな男と付き合っててな……。交友スキルはズバ抜けてて、麗羽が俺にするスタイルを『束縛』って軽く嘲笑った」

「に、兄さんってそんなのに言い寄られてるの……?」

「おう、今日もやばかった。倉庫で一人で作業しているときに、一人で来て二人っきりになろうとしてきたし」

「いやいや、ヤバすぎるじゃん! どうなったわけ!?」

「え? 追い払ったけど」

「……ほぇ? そんなやつ、絶対にすんなりと退いたりしないでしょ! どうやったの?」

「陰キャが苦手なやつと絡まれたときに見せる回避テク舐めんじゃねぇぞ……」

「……やば、とんでもなく言葉がダサいのにめっちゃかっこよく聞こえてきた……。具体的な話、もっと教えてよ」


 こうして親が帰ってくるまで、兄妹二人の会話が続いていく。

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