第49話
「百歩、いや一万歩譲って虚を突いてキスをしてくるかもしれないという仮説を受け入れるとしよう。そうだとしても、それ以上のことをするわけ無くね? 積極的とか言うレベル超えてんぞ」
「ごめんなさい、仮説なんて難しい言葉は私には分からないの」
「は?」
しらを切る言葉として、もっとも麗羽が使うには不適切過ぎる言葉選びである。
「あら、彼女にそんな圧のある言い方をしてはいけないのよ? 将来、DVやモラハラ男になるわよ」
「うーん、まぁそうかもですね……はい」
本当は適当に言い返そうと思ったが、麗羽が「DV」という言葉を使うとあまりにも重みがありすぎて、軽はずみな事は言えなかった。
それも狙いなのか、大人しくなった悟を見て麗羽はちょっといたずらっぽく笑みを浮かべた。
それぐらい多少なりとも過去のことを意識しなくても良くなってきているのなら、それはそれで良いことであるが。
「じゃあ麗羽さん的にこの後、雨宮さんがどんな行動をするとお思いですか?」
「そうね。突然キスをされるとあなたのことだから、たじろいで後退りしてこうして追い詰められるでしょ?」
「いや、誰だっていきなりキスされたら戸惑うだろ。それを普通に受け入れられるやつ、バケモンやぞ」
「そして、そのまま体を密着させてその身長差を利用して上目遣いで見つめてくるわ」
「こっちの言い分何も聞いてねぇな……」
悟のツッコミを無視して、自分のペースで話を進めながらその言葉通りに実践する麗羽。
その結果、ピッタリと二人が向き合った状態で体を密着させるような形となった。
「あんまりこんな事は言いたくないけど、雨宮さんは私より遥かにスタイルが良い。それをここぞとばかりに利用して、視覚と触覚からあなたを攻め立てるのよ」
「あー、はいはい。何か小難しく言ってるけど、要は俺の体に胸やら押し付けたり、谷間見せつけたりするってことでしょ?」
「ええ、よく分かってるじゃない。流石、変態さんなだけあるわね」
「何で冷静に分析出来てるのに、変態だって貶されんとあかんのですかねぇ……。まぁ積極的なら、それぐらいのことはするかもね」
実際のところ、視覚による仕掛けはもうすでに経験済み。
それに対して全く興味を示さなかったことは、瑠璃も分かっているはず。
そのため、なんだかんだ言ってこの麗羽の予想は実際のところ、十分にあり得ると思えた。
「そうでしょう? だから、私で体験しておくといいわ。あなたのことだから、疑似体験で経験値を積んでおけば対応できるでしょう?」
「うーん、麗羽さんが相手では経験値ならなさそうですけど……」
「あら、それはどういう意味かしら? 返答次第では大泣きするわ」
「いやもうやることやってんのに、今さらこんなシチュでどうのこうの……って意味ね」
「あら、確かに最悪の返答ではないけれども、随分と生意気な返答ね。じゃあ、微動だにしないところを私に見せてもらって安心させて頂戴」
そう言うと、麗羽は悟の腰に腕を回してより密着しながら上目遣いで悟の顔を見た。
「……好き」
シチュエーションとしては、上目遣いと体を密着させる触覚による攻め。
瑠璃のように、服を開けさせて谷間を見せるまでのことをしていない。
なのに、悟は改めて麗羽から仕掛けられた疑似攻撃に、翻弄されつつあった。
付き合ってそれなりに密度の高い時間を過ごすことが増えたが、こうして身長差をはっきりと感じるシチュエーションはあまり経験していなかったかもしれない。
上目遣いでシンプルに呟くように言われた「好き」が、悟には効果てきめん過ぎた。
気が付いた時には、悟の方から麗羽の方にキスをしてしまっていた。
「……全然駄目じゃない。これでは心配で仕方ないのだけれども」
そう言いながらも、麗羽は満足そうな顔をしている。
「……一応、雨宮さんに谷間見せ付けられた事はあって、微動だにしなかった実績はあるんでそれで信用お願いします」
「不本意だけど、その言葉と今の貴方のだらしない表情に免じて許してあげるわ。ちゃんと今後はしっかりとリスクを防ぐのよ?」
「了解、それはちゃんとするつもりだ」
「では、帰りましょう。あんまり遅いと、千紗ちゃんが心配するわ」
「心配というか、またお前と何かあっただろって追及がだるくなるだけなんだけど」
「良いじゃない。兄妹愛が深まるわ」
こうして、二人はいつも通りの帰路に着く。
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