第45話

 次の日。

 今日から、放課後の時間を使って体育祭に向けての打ち合わせが始まる。


 基本的には体育祭運営委員が動きつつ、そこに悟や麗羽などの学級委員も加わるという形だ。


「んじゃ丸投げにして悪いんだけど、瑠璃のフォローよろしく頼むわー……」

「ういうい。お前は気にせずに部活をしっかりやってきたらいいよ」


 征哉が申し訳無さそうに言ってくるが、悟からすれば征哉がこう言ってくる=彼女が攻勢に出る可能性が極めて高いと構えることが出来る。


 つまり、その心づもりで予備モーションを取れるのである意味非常に助かるとも言える。


 征哉を見送った後、無意識にふぅと深呼吸をして軽く腕を回してストレッチをしてしまった。


「ふふ、それは何のための準備運動なのかしら?」

「すでに攻撃の予備動作が発動してるみたいだから、それを見て回避行動をする予定になってるからに決まってんだろ」

「騎士なのだから、防御して耐えてみるのもアリだと思うのだけれども?」


 そんな悟の奇怪な行動を、麗羽が面白がりながら近づいて声をかけてきた。


「防御するってことは、その攻撃を受け止めなきゃならない。しかも、防いでも多少は攻撃を食らうってことじゃねぇか。なら、回避する方が良いだろ」

「確かにあなたの言ってることは正しい。でも、その相手の攻撃力が高くて精密な攻撃であると予想される。それをあなたが避けられるのかしら?」

「うぐっ……!」


 麗羽の言い放つ言葉が、悟の心へ的確に突き刺さった。


 相手は陽キャでコミュ力抜群かつ、異性経験に異常に慣れた相手。


 一方、こちらは陰キャで基本的にはそんなにやり取りを好まない上に、彼女以外の女には大した絡みが出来ない。


「回避する」とか偉そうに豪語したが、普通に実現出来る気が急にしなくなってきた。


「無理な気がしてきた……」

「はっきり言うわ。完全に避けるなんて無理でしょう、持っている地力が桁違いよ」

「そんなはっきり言わなくても分かってるよ……」

「愚かね。ちゃんと戦力を見極められないまま、作戦を立てるなんて私に立ち向かう時のあなたと同じじゃない。これは遊びでは済まないのよ?」

「確かに……。徹底した防御でいきます」

「物分かりのいい子は好きよ」


 なお、この会話をしている二人の表情は真顔である。


 お互いにしか聞こえない声でしか話していないため問題ないが、誰かが聞いたら間違いなく意味不明な内容で頭が混乱するだろう。


「それじゃあ、くれぐれも気を付けるのよ? これでも心配で仕方がないのだから」

「あ、待ってくれ。もう少しそばにいてくれ」

「あら? 随分と熱っぽいことを言うじゃない。どうしてしまったのかしら、急に心細くなったの?」

「……いや、俺の危機センサーによるとおそらくこの教室まで来て『一緒に行こう!』って仕掛けてくる予感がする。牽制のために横にいてもらってもいいか?」

「……陰湿な立ち回りに感じるけど、最も堅実な抑え方ね。そう、私が勧めたのはそのスタイルよ。それにあなたの勘は異常なくらいに当たるものね。それも嫌な方面で」

「そうだろ? だから居てもらったほうが絶対に行けると思うんだよn……」

「高嶋君っ、いるかなー!?」


 その悟の言葉が終わりきらないうちに、瑠璃が駆け足気味で教室の中に入ってきた。


「素晴らしい勘ね。私たちの今後の未来の中で危機回避が楽になるわ」

「俺の体がストレスで死ぬがな」

「あっ、高嶋君っ! これからよろしく……ね?」


 悟の姿を見つけた瑠璃は、可愛らしい言動で寄ってこようとしたが、悟の隣に麗羽がいることでその勢いが完全に無くなった。


 そして表情もやや引きつっている。


「うん、よろしくね」

「あら、雨宮さん。よろしくお願いします」

「そろそろ集合場所に行かなきゃね! 一緒に行こうよ!」


 なお、麗羽の声かけを無視して話を続けてくる。

 というか、居ないものとして話をしていると言ったほうが近そうだ。


 そしてその勢いのまま、おそらくプランとして立てていたであろう行動を移してきた。


「……強引ね、愚策過ぎる。男にその動きを読まれてる時点で話にならない」


 聞こえない音量とは言え、口に出して言ってしまう麗羽もどうかと思うが。


 静かに火花を散らす二人。

 それだけで悟にとっては、十分に胃が痛すぎる状況なのだが……。


「ほらっ! 行こっ!」


 強引に悟の横に来て、体を押してくる。

 その勢いに押されて動いてしまう悟と、その動きに合わせて動く麗羽と瑠璃。


 変なシチュエーションで、学年で最もモテる二人に挟まれて移動するという、さらに胃に穴が空きそうな状況になってしまった。


(胃薬が欲しい……。妹よ、哀れな兄を助けてくれ)


 そんな切なる願いが届くはずもなく、一足先に帰宅した妹が可愛らしいくしゃみをしたにすぎなかった。


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