第44話

 悟の思い切った行動によって上機嫌になった麗羽は、異次元の早さで仕事を終わらせていった。


 普段から何をしても要領が良いことは分かっているが、その状態から更にまたペースを上げることが出来るのだから、驚異的にとしか言いようが無い。


「……これで、今日やらなければならない事はおしまいね」

「何もする事が無くて、ただ居るだけになってしまった……」

「ふふ、そんなことはなくてよ? これだけやる気が出たのも、あなたからしたキスのおかげよ?」

「はっきりと言葉にしなくていい。ってか、ちょっとは恥じらう感じで暈して話せよ」

「別にしても良いのだけれども、それをしたところであなたは『わざとらしく汐らしくするんじゃない』とか言うのではなくて?」

「うん、言うね」

「でしょう?」


 麗羽に言われてから、自分が面倒臭いやつみたいになっている事に気がついた。


「なんか……何やっても絶対に一言は突っ込む面倒な性格なやつの反応みたいになってんな」

「ふふ、甘えん坊さんなのだからあながち間違って無いのかもしれないわ」

「甘えん坊が関係してるかよく分からんが、きっついな……。女の面倒はともかくとしても、男で面倒なやつとか救いがなさすぎる」

「治したいなら、甘やかすのを止めてみても良いけど?」

「いや、絶対に無理です。ってか、最近その離れようとするムーブにハマってんの?」

「だって効果てきめんなのだもの。素直にさせるには、現時点でこれが一番効くから」

「もう開き直って大泣きでもするかね……」

「あら、私がいつも拗ねた時に言ってることの真似かしら?」

「そのつもりだが、全然効果無さそうだな……」

「流石にそうなったら優しくしてあげるけど、そうね……。逐一、千紗ちゃんにそのことを報告はしたくなるかもね」

「……想像しただけで恐ろしいな。死ぬまでずっと擦られるネタになる」


 どんなに頼もしく信用している妹とはいえ、麗羽との絡みになると誰よりも厄介になる。


 それだけでなく、常に兄を弄り倒せるネタを嗅ぎ回っている化け物でもあるのだ。


「高校生時代、愛しの彼女の前で大泣きした」ということが知られれば、今後ずっとネタにされるのは目に見えている。


 ただでさえ、一騎打ちの駆け引きで勝てる相手ではない麗羽に、最強の使い魔として妹も加勢している状態。


 どうあがいても、自分に勝ち目がないと改めて悟は実感するしか無かった。



 ※※※


「おい、瑠璃のやつ何かめっちゃ機嫌悪くね?」

「あー、まぁね……」


 部活終わり、同じ部員から耳打ちされた征哉はやや苦笑いをしながら瑠璃を見た。


 マネージャーとしての仕事はいつも通りしているが、明らかにいつもより口数が少ない。


 それだけではなく、笑顔も少なく作業をしている時など人と話しているとき以外は、「怒ってる?」と感じさせるような雰囲気すらあった。


 瑠璃がそのような姿を見せることは極めて珍しいことでもあった。


 その為か、こうして他の部員からも何やら異変を感じているようだ。


 それだけ、今日の悟へのアプローチがうまくいかなかったこと。


 そして何より、初音麗羽という自分とは対極にいるような女に直接妨害されたという事実に腹を立てているということだろう。


「何があったの? 新しい男絡みとかの話?」

「んー、あんまり俺もよく分かってないかな……。ただ、見る限り触らない方が良さそうなのは間違いないと思うけどな」

「マジかぁ。ちょっと話聞いて……みたいな感じでそこからワンちゃん考えてたけど、やめたほうがいい感じ?」

「絶対やめといたほうがいい。今そんなことしたら、マジでボコボコにされるぞ」


 こうして、瑠璃は常に狙われている女でもある。


 美人かつスタイルも抜群、性格も明るいというモテ女としての要素をすべて兼ね備えている。


 そして何よりも色んな男と付き合った事実があるために、うまく取り入れば……と思っている男はたくさんいる。


 それこそ、付き合ってすぐに色々なことが出来ると思っている者も多い。


 普段の瑠璃なら、男であればどんな相手にも嫌な顔を見せないので話しかけやすく、狙いたい男からすれば気軽に口説く流れを作りやすいと考えている。


 ただ、今だけは不用意に近づけば半殺しにされることが征哉には見えていた。


 過去最高に機嫌が悪い、と言っても過言ではない。


「征哉が言うならマジなんだろうなぁ。ここは諦めとくかなぁ」

「まぁずっと機嫌が悪いわけでもないだろ。またいつも通りの時に話しかけてみればいいさ」


 まぁ、こんな「ワンちゃん」とか言っている時点で、瑠璃が靡くことはもうなさそうだが。


 部活が終わり、征哉は一人で帰宅の途についた。


 いつもなら瑠璃と途中まで一緒に帰るのだが、今日の様子では声をかけないほうが良いと判断した。


 というか、あまりにも殺気立っていて声を掛けられなかったという方が正しいが。


「え、何で帰るとき声掛けてくれないわけ?」

「えっ!?」


 慌てて振り向くて、走ってきたのか肩で息をする瑠璃が後ろにいた。


「い、いやだってお前さぁ……。いくら何でも殺気立ちすぎだろ。俺が見てきた中で一番機嫌が悪いんだが?」

「……仕方ないでしょ。最悪の形になったんだからさ」

「そんなに初音さんが入ってきたことが我慢ならないってこと?」

「そりゃそうでしょ。自分の立場で置き換えて考えてみてよ。自分が好きな女の子と話してる時に、嫌いな男が割り込んできたら、どう思う?」

「最悪だね。それに相手もモテ人ときたわけだし」

「でしょ。何でよりによって男に興味なさそうな感じだったのに、急に男の影をちらつかせたり割り込んできたりするかなぁ。気に入らない」

「まぁ気持ちは分かる。でも、切り替えようぜ。そうじゃなきゃ、悟にもその雰囲気感じ取られるぞ」

「言われなくても分かってる。こうなったらとことん攻勢に出るから」


 そう迷いなく言い放つ瑠璃を見て、征哉は彼女が本気なのだと改めて感じさせられた。


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