第43話
やや穏やかではない空気が流れた休み時間だが、その後はすんなりと終わった。
押す気満々だった瑠璃も、麗羽の参入により完全に計算が狂ったのか、あるいはシンプルに萎えてしまったのかすっかり大人しくなってしまった。
結果的に、悟の立場からするとただ麗羽に守ってもらったような形になった。
自分の恋人から気にかけてもらい、更には守ってもらえることは幸せなことではある。
しかし、ここで悟が思ったことが一つ――。
(普通、こう言うときって男が彼女を守るのがデフォなんじゃねぇのか!?)
マンガやドラマにある鉄板の流れと言ってもいいシチュエーションとして、「女の子がナンパされてるのを助ける」というものがある。
とても良い掴みであるし、実際にそんな展開になったとしても、お互いにくっつく大きなトリガーになるのではないだろうか。
そして今、そんなシチュエーションに近いことが起きている。
ただし、鉄板の形と役割が反転しているのだが。
何故か、男である悟がとある女子に攻め立てられて困っているところを、颯爽と彼女である麗羽が助けに来たという状態。
(いつも見てくれて守ってくれるのは、正直めっちゃ嬉しいんだけど……。しっかし、なっさけないな……)
これが妹にバレたりでもしたら、どんな反応をするのだろうか。
漫画シチュエーションに興奮すると同時に、兄の情けなさに呆れられてしまいそうだ。
そんなことを悶々と考えていると、授業はあっという間に終わって放課後を迎えた。
クラスメイト達はいつも通り部活へと足早に向かっていく。
一方で悟は学級委員として、体育祭に向けての居残り作業をすることになっている。
「じゃあ、部活行くわ。すまんが、頑張ってくれな」
「おう、怪我はすんなよ」
ちょっと申し訳無さそうにする征哉を見送った後、教室内の生徒が居なくなるまで少しだけ待つ。
教室内に生徒がいなくなったところで、悟と同じように残っていた麗羽に声をかけた。
「じゃあ、今日の作業をぱぱっと終わらしにかかろうか……。と言いたいんだが、まずは場所をここから変えたい。いいか?」
「ええ、もちろん。嫌だという理由は無いわ」
悟は麗羽を連れて、校舎の中であまり使われていない棟の空き教室に向かった。
あまり良くないお話だが、この学校では普段全くといって良いほど使わない教室は施錠していないことが多い。
そのため、気が向いた時にすぐに使うことが出来てしまう。
そのせいか、空き教室で利用されていないと埃っぽいはずなのだが、そこまででもなかったりする。
こういった循環が、この教室を気軽に利用しやすくする要因になっているようだ。
「こんなところで二人っきりになろうだなんて、遂にやましいことでもしようということかしら?」
言葉ではそう言いつつも、優しく穏やかな笑みを浮かべている。
何となく、こちらが今思っていることを察しているからこその表情だと悟は思った。
「まぁまずは……。フォロー入れてくれて助かった、ありがとう」
「ふふ。愛しい人を守るのは悪い気はしないのだけれども、本来は役割が反対なのではなくて?」
麗羽も悟が思ったことと同じことを感じていたらしい。
「やっぱりお前もそう思うよな。すまん……」
「どうしてそんなに謝るのかしら?」
「どうしてって……。不安にさせたなって。こうなるって前から分かってるはずなのに、結局そのままこういう流れになってるわけだし」
漫画などで鉄板シチュエーションとはいえ、可愛い女の子がたちの悪そうなナンパに押し込まれそうなシーンは、不安感を煽る。
それは仮にこうして役割が反対になったとて、それは変わらないはず。
素早いフォローしてくれたのも、こうした面もあるのではないのかと思っているからである。
「まぁ完全に不安が無いとは言わないわ。でも、私はあなたのことを完全に信用してるわ。優しすぎて拒めないとは言っても、異性のラインまでは踏み込ませることは無いと思ってるけれども?」
「それはもちろん。そこまで強引に来たら、ブチギレるかもしれん」
「だから、私達の関係性としての心配はないわ。だから、そんなに悲観しないでもらっても? 心が疲れてしまうわ。私としてはそこが心配なのよ。それは、無理して私達の関係性を公開することでも起きかねないこと。だからあなたが隠したがるからこうなるのだとは思ってないわ」
固い信頼性を言い切った後、こちらを気遣う言葉をサラッと掛けてくれた。
そして、今日進めるべき作業を行うべく自らのカバンから書類を取り出して机に並べ始めた。
「麗羽、ちょっとだけこっち向いてくれるか?」
「どうしたのかしら……っ!?」
彼女が振り向いた瞬間、グッと体を抱き寄せて唇を重ねた。
いくら人気のない校舎とはいえ、いつ誰が通りかかって目撃されるかも分からない状況。
そんな中で10秒くらいの間、優しく抱きしめながらその余韻に浸った。
「……これが今、俺が出来るお前が求めてることで精一杯出来ること。今日助けてくれた分、ちょっとだけ頑張ってみた……」
そう言いながら、周りで誰かが見ていなかったか気になって仕方がなかった。
仮に見られてなかったとしても、こんな場所でこういうことをすることがどれだけ恥ずかしいか、顔が激しく熱くなることで嫌というほど感じた。
「……嬉しいわ。びっくりするくらい大胆だけど、顔を真っ赤にして恥ずかしがるところがいいわ。あなたらしくてね。あなたは無茶なことを言うと避難してたけど、やっぱりやれば出来るじゃない」
「マジでどれくらいキスしてた? 5分くらいしてたんじゃね?」
「たった10秒くらいだったけれども? 敢えて注文をつけるなら、短すぎたことね」
「嘘だろ……?」
悟からすれば、何分もしていたように感じた。
「でも、あんまり大胆すぎるのも危険ね。今からもう一度私の方からしたいくらいなのだけれども」
「こういう場所で愛しの彼氏から攻めてもらったってことで、ここは満足してもらえると助かりますけどね……」
「ふふ、ここはそういうことにしておこうかしら?」
色々と言っているが、明らかにご機嫌になった麗羽を見て、少しだけ頑張ってみて良かったと悟は感じた。
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