第42話

 五月が近づいてきた。


 五月中旬に控えた体育祭に向けて、準備を進めていく時期を迎えつつある。


 各クラスは体育祭運営委員を男女一人ずつ選出し、その二人を中心に話が進んでいくことになる。


 もちろんだが、学級委員である悟と麗羽も体育祭に向けて運営委員の仕事を手伝う他、その他のクラスを取りまとめる仕事もしなければならない。


 通常時もHRがある度、議事録や話し合いの進行やら色々と仕事があるのに、こういった行事があると格段に仕事が増えていく。


 ただ、悟と麗羽はお互いにその時点で課せられた仕事で何をすると良いか分かっていることに加えて、お互いに確認などしなくても、その時に合わせてフォローし合う関係性を既に構築されている。


 通常ならばやり取りして確認し合うこともないので、特に進行が滞ったりすることもなければ、二人の関係性が疑われることもなく進んでいく。


「あのさ、悟。ちょっとだけ俺から頼みたいことがあるんだけど、いいか?」

「ん、何だ改まって。いっつも軽いノリで来るお前がそんな神妙な感じだと、何か不安なんだが」


 休み時間中、やる予定が詰まりだしたことを感じさせるスケジュール帳をペラペラと捲っていると、征哉が真面目な雰囲気で話しかけてきた。


「実はな、瑠璃のやつが体育祭運営委員をすることになったらしくてさ」

「ほー、そうなのね。人気あるし、盛り上げ役にうってつけそうだし適任なんじゃない?」

「やっぱそう思うよな。みんなから推薦受けたらしくてさ、やることになったんだってよ」

「で、その雨宮さんが運営委員になったことで何でそんな征哉が神妙な顔をするわけ?」

「そこで、だ。クラスが違うといっても、校内全体での行事だ。クラスの垣根を超えて一緒にやることもあるだろ? フォローしてやって欲しい」

「あー、なるほどね……」


 征哉の言いたいことはよく分かった。


「でも、あんなに人気者でみんなを引っ張れる雨宮さんをこの俺がフォローする必要性あるか? 陰キャが無駄にこの機会を使って人気女子にすり寄ろうとしてるような構図にしかならんだろ」


 だが、気乗りは全くと言っていいほどしない。


 理由は、口にした理由が一つ。

 表向きには、関わると自分が周りからの面倒な見られ方をする可能性が高いということ。


 これは紛れもない事実で、彼女を狙っている男は多いはずなので避けられることではない。


 そしてもう一つの理由を口にはしないが、それはシンプルに『個人的に面倒な展開に持っていかれたくないから』である。


 器材の運び出しやその他様々な仕事で、二人だけで進める作業も数多く存在するはず。


 今までのこちらに対する攻め方を見ると、二人っきりにでもなってしまうと、とんでもない攻勢に出る可能性が十分に考えられる。


 こちらとしては、何の利にもならない上に厄介な事が起こる可能性が高い。


 つまり、ハイリスクノーリターン。

 この言葉を聞いて、やりたいやつがいるならただの狂人でしか無い。


 おそらくだが、ドMの人でもやりたくないだろう。


「まぁそう言うなって。ほら、あいつモテるからこういう機会を良いことに言い寄られて困ったりすることもあるんだよ。そういう時に、ちょっと親近感感じてるであろうお前が頼りやすいんだって」

「うーん。確かに俺なら言い寄ったりして困らせる可能性が無いって言い切れるし、安全ではあるか」

「そうそう、そういうことだって!」

「ならさ、お前が体育祭運営委員になってくれりゃあ話が早かったんじゃね? なかなか立候補してくれなくて困ってたの分かってたろ?」

「うっ、それはまぁそうなんだけど……」


 悟がそう突っ込むと、征哉は凄く申し訳無さそうな顔をしてきた。


 どうやら罪悪感というやつは感じているらしい。


「すまん。部活あるのに、そんな簡単な話じゃねぇよな。運動部も文化部も、みんなモチベーション高くやってるからその時間を割きたくないのは分かるしな」

「り、理解があって助かる……」

「フォローするっていうのも、出来るだけ頑張ってみるってことでいいか? 俺自身も、学級委員としての仕事があるからな。それを差し置いてまでは流石に出来ない」

「もちろんだ。あいつも学級委員の経験があるし、それくらいのことは分かってるはずだしな」

「うん、その辺りは把握してる。高嶋君もしなきゃいけない仕事沢山あるよね。征哉はあんまり無茶なお願いをしちゃダメだってば!」


 突如として現れた瑠璃が、するっと近くの空いていた席に座りながら会話に入ってきた。


「来たのか」

「うん。征哉が色々と頼み込んでるけど、高嶋君の負担になって欲しくないから、あんまり気にしないでね?」

「いえ、一緒に作業する場面や手が空く場面もあるでしょうから、そういった時などはフォローさせていただきますよ」

「ごめんね、ただでさえ仕事多いだろうに気を遣わせちゃってさ……」


 言葉ではそう言っているが、おそらくこういう展開でこういった文言を言うのも計算済みだろうと悟は思っていた。


 とはいえ、この状況ではっきりと「無理です」とか「アテにしないでくださいね?」というニュアンスを波風立てないように言えるほどの巧みな話術など、当然ながら持ち合わせていない。


 この辺りからも、まだまだ陰キャとして脱却出来る訳が無いと自分で痛感してしまう。


 結局、耳障りの良い言葉をその場しのぎで並べて、その並べた言葉に罪悪感を感じて、そこそこ相手の期待通りに動いてしまう。


 悟の中で、押しに強い人は世の中で得をすると何となく思っている。


 それが事実だとするならば、間違いなくこういう自分たちみたいな者が餌食になることで、成立しているのだろうなと思ってしまう。


 果たして、どうすればこの仕組みから逃れる事が出来るのか。


 そしてその術を得るまでの経験値を得ることは、近いうちに出来るのだろうか。


「あら、うちのクラスの学級委員と他クラスの体育祭運営委員がもう揃って打ち合わせ中? しかも休み時間になんて、気合がとても入っているのね」

「は、初音さん!?」


 心の中で大きくため息をついていた悟の背後から、聞き慣れた声が飛んできた。


 悟自身もその声に驚いてその場に飛び上がったが、征哉も同じく驚きのあまり、声を上げてしまっていた。


「……別にそんな大層なことじゃないよ。よろしくねって、軽く話しに来ただけだし」

「あら、そう。そういうことなら、少しだけ失礼するわ。私もうちのクラスの学級委員だから、よろしく。何かあったら彼だけでなく私に言ってもらっても構わないわ」

「あー、そうですか。分かりました」


 先程までの声のトーンと明らかに異なる。


 これだけ男子の前で可愛らしく居られても、嫌いな相手の前では抑えきれない感情とやらがあるらしい。


 チラッと麗羽の方を見ると、視線がバッチリ合う。


 そして、瞬時に『自分に対するフォローのために来てくれた』ということを悟った。


「こう言ってますし、自分がもし手が離せなかったりした時は、初音さんにフォローへ行ってもらうようにお願いしたりもできますので、気兼ねなく」


 この一言で、フォローを頼まれても断ることなく、状況に応じて麗羽と入れ替わる事が出来るような展開へと進めることが出来た。


「ああ、うん……。分かった……」


 悟に対してはいつもの笑顔を向けつつも、瑠璃が一瞬だけ麗羽を睨んだのを悟は見逃さなかった。


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