第39話
「何でうちの高校の体操服は名前が刺繍されてないんだぁー!」
「本当にそれ。基本的に他のところなら名字とかイニシャルとかの刺繍あるよね」
「候補になりそうな男子の名前を適当に言ってみたんだけど、『それだといつか当たっちゃうから、YESって言わないわ』って余裕たっぷりに言われちゃった」
「なるほどねぇ。そう言われちゃったら、仮にまぐれで当たっても表情変えることなくNoって言われそうだね〜……。うーん、気になる……」
ただでさえ、校内の大きな話題となっていた麗羽の彼氏について少しだけだが進展があったこともあって、またこの話題が大きな盛り上がりを見せていた。
(そんなに気になるもんかね……)
麗羽がフリーの状態で「好きな人が校内に居る」となれば、確実に誰か付き合える人が居るということになる。
そういう状況なら、皆が浮足立つのも分かる。
だが、現時点で誰かは分からなくても付き合っている状態。
それが分かったところでどうにもならないので、そこまでして知ろうとするのがよく分からない。
(こうなってくると本当にバレた時、何とも言えない微妙な雰囲気になりそうな気がするんだよな)
妹には「言わせておけばいい」と、何を気にしているのかと呆れ気味に言われたが、やはり無意識にそういう体が気になる質らしい。
「初音さんの彼氏、この学校の中に居るのかよ……。ってか、あんな美人な彼女が居てずっと隠してる男って何者だよ!?」
「……さぁ、どんなやつなんだろうな」
すまん、眼の前に居るこいつだ。
「普通、あんな彼女居たら絶対に自慢するだろ!」
「……確かに」
征哉の言葉はご尤もで、基本的に美人と有名な女子と付き合った男ってのは自然とすぐにバレるし、有名になる。
つまり、「そういう人と付き合えた」と遠回しに自慢しているような形になっているからなのではないかと、悟自身は思っている。
現に、麗羽が何だかんだバラしていないということが大きいが、悟と彼女の二人の関係は未だにバレていないのだから。
(自慢ね……)
どんなに表沙汰になることを避けたいと考えている悟でも、美人かつ優秀で優しい麗羽が彼女で居てくれることは自分が前向きになる要素になっている。
自慢したいとまではあまり思わないが、誇れる存在であることは間違いない。
征哉と話をしながらそんなことを思っていると、ふと悟の中に一つの疑問が浮かんできた。
それは、少し前に妹の会話でも少し出ていた内容。
(……ここで、俺からあいつのところに行って「俺が付き合ってる相手だ」とか言ったら、あいつはどんな反応をするんだろ)
これまでは麗羽に対しては「公にされた時は堂々としておくわ」と、あちらが動いてそれに対応する前提での話になっていた。
しかし、これが逆の役割に突如として変わってしまったときにどうなるのか。
言うまでもないが、周りが混乱して大騒ぎになるのは間違いないだろう。
問題はそちらではなく、おそらくそんなことが起きるとは絶対に思っていないであろう麗羽がどんな反応をするのかということ。
(流石に驚くか? いや、それすらも動じずに肯定して終わるのか……?)
これまで彼女と付き合ってきて、本当に驚いた顔を浮かべたのは一度だけしか見たことがない。
その一度についても、麗羽が中学の頃に極限状態で全く余裕が無かったからということが大きい。
つまり、今の落ち着いている本来の彼女が落ち着きを失うという場面を一切見たことがない。
どんなことも見透かされているように受け止められてしまう。
(もし驚いたりするなら、見てみたいかも……)
そんな彼女がちょっと驚いたり、戸惑ったりする
そんな好奇心に似たようなものが生まれてくる。
しかし、そんな大胆なことをするような勇気は当然あるわけもない。
そもそも二人っきりの時ですら、自ら仕掛けることを一切していないのに、いきなりこんな大勢の前では無謀としか言いようがない。
(自分から行く……ね)
これまではずっと麗羽に誘われて、流れるまま今の関係に行き着いている。
「お前の思うようにしてくれたらいい」と言っているので、本人はその言葉通り自由に動いて手玉に取ってくるのだが。
それでも、ここ最近は「そちらから来てくれたらいいのよ?」と言われることが多くなった。
世の中では、男性の方が積極的に動くことが多いようで「奥手」とか色々なワードが存在する。
麗羽がそういった世の中と同じような形を求めるかどうかは分からないが、本当にこちら側から仕掛けたらどんな反応をするのか。
それが気になりつつあった。
そうなってくると、二人っきりでいる時に自分から攻めてみようかと気になってくる。
(まぁでも、その状況なら何となく想像がつくけど)
悟が想像するに、笑いながら「どうしちゃったのかしら、ワンちゃん?」とか言いながら頭を優しく撫でながら余裕たっぷりに受け止められそうな予感しかしないのだが。
※※※
「……体操服を貸したら、まぁこうなるよな〜」
「あら、本気で気がついてなかったの? こうなることは受け入れたものだと、勝手に思って何も言わなかったのだけれども」
「いや、自分でも間抜けすぎて流石に笑えない」
帰りの電車で隣り合って座り、いつも通り今日あったことについての雑談をしていた。
「こうなった以上、そのうちバレるのは必然よ? 適当に言うことに関しては認めないことにしたけど、これまで以上に注目されて、校内で会ってるところを目撃される可能性が上がるわけだし」
「じゃあもう校内で会うことを止めるしかねぇな」
「それ、本気で言っているのかしら? ここで大泣きでもしようかしらね」
「すいません、マジで冗談です」
トーン自体は変わらないが、麗羽的に「大泣きする」というワードが出ると、悟的には彼女が結構拗ねたり凹んだりしているものだと思っている。
そのため、そう言われたら慌てて取り繕うことが多々ある。
「冗談でも、可愛い彼女にそんな事を言っては駄目よ?」
「おう」
そこで会話は一区切りがつき、少しだけ間が空いた。
「あのさ、一つだけ試したいことがあるだが」
「何かしら?」
「いまから俺のすることと、それを踏まえて俺が聞くことに素直なお前の意見を聞かせてくれないか?」
「ずいぶんと回りくどい言い方ね。別にあなたのすることなら何でも構わないし、断らない理由など無いわ」
そう言いながら、いつも通り優しく笑う麗羽。
そんな彼女を、悟は自分の方からそっと抱きしめてみた。
「……こうしてさ。校内のみんなの前で『俺がこいつの彼氏だ』って俺がいきなり言い出したら、お前はどんな反応をする?」
「………」
人気のない電車の中で、悟は初めて麗羽に対して大胆なことを仕掛けることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます