第37話

 各々で思いを秘めながらも、変わらぬ学校生活が続いていく。


 麗羽が熱を出して休んでいたこともあって、あまり意識していなかったが、この話は着実に周りに広がっていた。


「初音麗羽には、彼氏がいる」


 周りの男子に対する反応があまりにも素っ気ない事もあって、「恋愛に興味がないだけなのでは?」という意見も少なくなかった。


 しかし、本人が彼氏の存在を薄っすらと認めたこと。

 そして何よりも、キスマークを付けられていたという情報があまりにも衝撃的な出来事として、周りをざわつかせるとともに、「彼氏の存在は本当」だという認識せざるを得ない状況を作り上げていた。


 そうなってくると、どんなに情報が少なくても「彼女の付き合っている相手が誰なのか」ということに感心が集まってくる。


 色々なところで予想合戦が行われていた。


「ねぇ麗羽、彼氏どんな人なのか教えてよ〜」

「ふふ、ご想像にお任せするわ」

「くぅ~、めっちゃ気になる〜! 教えてくれないのに、どんな話するよりも幸せそうな顔してるし」

「だってこの世の誰よりも愛おしいもの」

「麗羽にそこまで言わせる男、絶対に気になるじゃんか〜!」


 しかし、麗羽自身がこの事について口を開くことをしなかった。


 そんな話が悟の耳にもよく届く。

 最初こそは耳に入るたびに内心焦っていたが、毎日のように聞き続けていると慣れてくる。


 麗羽自身が一貫して口を開く気が無さそうという事もわかったのも一因だったりする。


 そんな少しだけ自分の置かれている状況が変わりつつある新学期。


「今日は身体測定が午後の時間にあるから、みんな体操服に着替えて決められた時間に指定場所へ集合しておいてくださいね〜」


 午前のHRの時間中に、担任教師から午後からある身体測定についての話が行われた。


 新学期になれば、どの学校どの学年にでもあることなのだが。


 設けられたHRの時間中に予定されていた内容が全て終わり、各々が自習に入った。


 そんな中で、悟はHR中にあったことの記録を学級委員の仕事として残していく。


 その横で、麗羽は悟の行動をそっと見ている。


「……あんまり近いと疑われるぞ」

「ふふ、遂にバレちゃうのかしらね」

「ちなみにだけど、『相手が俺なの?』って聞かれたら、どう答えるつもり?」

「そうね……。あなたのところまで行って、後ろから抱きしめながら『そうだけど?』って言おうかしら? 様になっているでしょう?」

「なるほど、そこまで行くともう覚悟を決めるしかないってことなのか。まぁ確かに様になってる。妹に言ったら『漫画の表紙じゃんか!』とか言って騒ぎそう」

「ふふ、千紗ちゃんは可愛いわね」

「そんな可愛い妹に、あんまり変なことを教えるんじゃねぇぞ……。将来が不安だ」

「あら、あなたってそんなにシスコンだったかしら?」

「シスコンかどうかはこの際どうでもいいが、能力の高さは認めてる。よく出来た妹だよ」

「それがシスコンって言うのだと思うのだけれども。まぁ仲が良い事はとても良い事だわ」


 周りに聞こえない程度に、いつもと変わらない雰囲気で会話を続ける。


 他の席の生徒から見れば、記録を書く際に内容を確認するために少しだけ話し合っているようにしか見えないようにはなっている。


「そう言えば、今日は身体計測があるのよね」

「だな。それがどうかしたか?」

「一つだけお願いがあるのだけれども、良いかしら?」

「お願い? 校内でそんな事を言ってくるの珍しいな。で、要件は?」

「あなた、長袖の体操服は持っているかしら?」

「ああ、一応持ってるぞ。最近は暑いから使うことも無いけど」

「それ、身体測定の時に貸してくれない?」

「え、自分の持ってないのか?」

「自分のはあるわ。だけど、貸して欲しいの」

「どういうこと?」


 しっかりしている麗羽が忘れ物をするということは想像しにくい。

 これまでを振り返っても、彼女から「物を貸して欲しい」と言われたことは一度もなかったのだが。


「……何でこう、察しが悪いのかしら。純粋過ぎる弊害なのかしら」

「な、何でいきなり辛辣になったんでしょうか」

「あなたは『彼ジャージ』というものを知らないのかしら?」

「……あー、そういうこと」


 聞いても、そんなにピンと来なかった。


 何故なら、そんな事をするほどもう初々しい関係でもないからだ。

 することまでしてるのに、そんな付き合いたてのカップルがしそうなことを望むということがかなり意外に感じた。


「何か納得出来ないって顔をしてるわね」

「いや、別に良いけどお前がそんな初歩的なことを望んでくるのが意外だと思っただけ」

「そうかしら? 好きな彼氏の物に包まれたいという感情はとても可愛らしいでしょうに」

「自分で言うかね、それ……」


 確かに、最近あまりにも関係が深まりすぎて異様に落ち着きすぎているまであった。


 それを考えると、こういうことを望む辺りが可愛いと思わないわけではない。

 そういうところを完璧に把握しているのが、少しばかり癪に障るが。


「それに……」

「それに?」

「あなたは最近、色んな女子に目をつけられ始めている。そういう目的でジャージを借りに来る人が居てもおかしくないって思ってね」

「……心外だな。俺が他の女に貸すと思うか?」

「いえ、それは思わないわ。でも、あなたはとてもか優しい。どんな相手にも適当な言い訳で誤魔化すことに心苦しさを感じざるを得ないと思うの」

「そ、それは……」


 図星だった。

 借りに来る可能性は無いのではないかと思っているが、もしそういう女子が居て誤魔化さなければならないとなると、ちょっとしんどいのは言うまでもない。


「なら、この最高の彼女が先にあなたのを貰っておけば、そうなっても胸を張って『持ってないからごめんなさい』と言えるでしょう?」

「確かに、助かるかもしれん」

「そして私は愛おしい彼氏に包まれているような感覚を学校でも合法的に味わえる。良いことしかないわね」

「何かメインは、お前の欲望を満たす方のような気もするけど……。そうしておくのがいいな」

「ふふ。午後からの楽しみが増えたわ」


 こうして、突如として麗羽に体操服を貸すことになった悟。


 この一件でまた少しだけ周りがざわつくことになることに、悟は全く気がついていなかった。


 冷静に考えれば、ここで麗羽が男の体操服を着ることで「麗羽の彼氏がこの校内にいる」と認識されるとすぐに分かりそうなものなのだが。


 純粋過ぎる悟には、気が付く事ができなかった。

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