第36話

 二人に起きた出来事―というよりも事件についてバレるような気がすることもあって、悟は麗羽との関係性を公にしようとは思わない。


 麗羽自身は「問題ないわ」と言うのだが、こうして定期的にトラウマとして魘されている以上、周りにこのことが認知されると彼女のストレスになると思っていた。


 事件としては、未成年が関与している上に悟自身が軽症で済んだこともあってメディア等を通して公にはされていなかった。


 そのため、関係者や目撃者以外に認知されているわけではないが、それでもいつどこから発覚するか悟としては不安に感じていた。


 それに加えて、自分が未だに麗羽の彼氏であるということを胸を張って誇示出来る自信もなかった。


 妹の言う通り、「周りには勝手に言わせておけばいい」ということは、麗羽も同じことを思っているに違いない。


「うーん……」


 悟が答えを出せずに悩んでいると、妹が肩を竦めながらこんな事を言った。


「まぁ兄さんがそんなに抵抗あるなら、今のままでもいいんじゃない? どうしても我慢できなくなったら、麗羽姉ちゃんの方からイチャつきに行くでしょ。校内であったとしてもね」

「確かにそれは言えてる。そうなったら、俺としても覚悟が決められそう。その時は、なんの戸惑いもなく頭を撫でてやるくらいの対応の良さを見せつけてやんよ」

「結局、麗羽姉ちゃん頼みの動きになるのね……。まぁ何も知らないみんなの前で二人がイチャついて驚く顔を想像すると、すごくニヤけちゃうけど」

「校内が大混乱するのは間違いないわな」

「するだろうね。そして、キスマークを付けた犯人も兄さんって判明するわけだしね。うわぁ、とんでもない変態としてみんなから認知されるってわけだね。ヤバすぎじゃない?」

「……やっぱり意地でも秘密にしておくべきかもしれん」


 色々と麗羽の過去についてバレることを不安視していたが、それよりも自分の奇行が周りにバレるほうがよっぽどインパクトが強いのではないだろうか。


「くくっ、やり玉に上がってる兄の滑稽な姿を想像したらツボってきた」

「ちくしょう、そんなに兄が辱められるところが見たいっていうのか」

「まぁ麗羽姉ちゃんを好き勝手出来る勝ち組なんだから何言われたっていいでしょー。それよりも麗羽姉ちゃん好きな男達が、そんな事実が詳細に分かっちゃったら脳破壊されちゃうんじゃない?」

「だろうね。見た目と雰囲気だけは清楚美人だからな」


 既に征哉は色々と想像して勝手に脳破壊されつつあったが、その相手が詳細に分かるとなおショックという人も少なくないのは容易に想像出来る。


 麗羽の見た目と雰囲気だけは凄く硬派な女子といったイメージ。


 彼女の性格上、色々と回りに聞かれて「もう既に体の関係なんて余裕であるのだけれども?」なんてことをあっさりと言ってしまいそうなもの。


 そんな事実を聞かされたら、その場で息を引き取る者すら居るような気がする。


「愛しい彼女に対してなんて言い方するのさ。そんなこと言ったら、兄さんなんか陰キャの地味ヅラのくせに蓋開けたらスケベでヤリチンの甘えん坊ってことになるじゃんか」

「こっっっら!!! 中学生がそんなお下品な言葉を使うものじゃありません!」


 一体、こんなひどい言葉をどこで覚えてくるのことやら。


 そして、何故甘えん坊ということがバレているのか。

 敢えて聞きはしないが、麗羽から妹へは自分のことが確実に筒抜けなことを改めて感じざるを得ない。


「ってか、もう一つ突っ込ませてくれ。これでも彼女に対して一途で愛してるのに、ヤリチンは言い方おかしいだろうよ! 所構わず色んな相手としてるわけびゃねぇんだぞ!」

「それもそうか。ってか、もう麗羽姉ちゃんとしてることは否定しないんだね。……ご馳走様でした」

「この生意気なクソガキがああ!」

「あはは! スケベな兄貴から何言われたって怖くねぇぞ〜!」


 とんだ生意気な妹に振り回された悟は、思わずため息をつかざるを得なかった。



 ※※※※※※


「なぁ、瑠璃。もう諦めたほうがいいんじゃねぇのか?」

「ん、何の話?」


 部活が終わった征哉と瑠璃は、すっかり暗くなった夜道を二人揃って歩いていた。


「悟のことだよ。俺からも色々と押したつもりだが、あいつ本当に興味が無さそうだぞ」

「……そんなこと、アプローチしてる本人である私が一番よく分かってるよ。本当に何の反応もないんだよね」

「……そのニュアンスだと、俺が見てないところで結構なアピールしたろ。それも色気で誘うようなやつとかさ」

「ど、どんなことをしたかは言わないけどさ! 何かしらの反応があるもんじゃん。恥ずかしがったり、興味津々だったり。……マジで何の反応もない。ずっと目が座ってるって感じする」

「それって完全に詰みじゃん。仮にどう思ってても、女子から大胆なことされたら普通は何かしらの反応があるものだろ。それがない時点でな……」

「高嶋君ってずっとあんな感じなの? もの静かな感じはあったけど、もうそんなレベルの落ち着きには見えないけど」

「うーん……。俺も正直、悟のことがよく分からないかな」

「ええー……。仮にも親友でしょ?」

「い、いや親友としては言うまでもなく良いやつだよ。優しいし、面倒見が良いから付き合ったら絶対にいい相手になると思う。ただな……異性に興味が無さそうな感じがすごいんだよな。口では『そんなこと無い』っていつも言うんだけどな」


 考え込むような仕草をしている征哉。


「なるほどねぇ。聞く限り、可能性が無いってわけじゃあ無さそう何だよね。諦めきれないなぁ」

「ってかさ、何でそんなに悟に執着してんの? 確かにあいつ、垢抜けてる感じあるけどさ。お前がこれまで付き合ってきた男と比べたら、めっちゃ大人しいからお前の好みから外れてね?」

「確かに、これまで付き合ってきた男達と比べたら全然違うね。だからこそ、高嶋君が気になるんだ」

「と、言うと?」

「征哉が言う通り、優しそうで一途そうじゃん? それに顔も良いし。次こそは長続きしそうな理想な相手って感じがしてさ」

「なるほど、いかにもこれまでイケメン共に遊ばれてきた苦い過去があるって感じがするな。それでも顔がいい男を捨てきれないって欲望があるのな」

「う、うるさい! 今回はビビッと来てるの!」


 征哉からの指摘に瑠璃はむくれたようなような表情をしている。

 征哉からみても、あざといとは思いつつもやはり顔がいい瑠璃は何をしても様になっている。


 確かに色んな男と取っ替え引っ替えしてるところはあるが、部活のマネージャーとしての仕事もそつなくこなし、誰とでも明るく話せる社交性もある。


 大事してくれる男さえ居れば、落ち着いた誰もが憧れる高嶺の花となりそうなもだと思っている。


 そんな思いもあって、悟ならその相手に合致していると思ったことも、こうして征哉がフォローを定期的に入れている理由だったりする。


 だが、そのフォローをするたびに悟があまりにも動じないことに違和感も感じていた。


「まぁお前がちゃんと真剣に考えてるなら、悟の負担にならない程度でフォローは続けるつもりだが」

「ありがとう。もうちょっと頑張ってみたい」

「あいよ」


 そんな話をしながら、二人は歩みを進める。


「あのさ、確認なんだけど」

「何だ?」

「高嶋君って、彼女居ないんだよね?」

「何だいきなり。彼女持ちだったら、お前とくっつけるようにサポートを俺がすると思うか?」

「……だよね。ごめん、変なことを聞いちゃって」

「……悟に彼女が居るような気がするのか?」

「何か女の勘ってやつかな。仮にもこれだけ女子からアプローチもらってあの落着きよう、やっぱり普通だと思わないんだよね」

「彼女持ちでも反応するやつも居るだろうし、その逆もまたあるんじゃねぇのか?」

「そうなのかな。何せ本当に反応が少ないから、読み取れないんだよね」


 うーんと考え込む瑠璃。


「恋愛経験豊富なお前の勘で引っかかるなら、何かあるのかもしれんな」

「い、いや征哉に隠し事とかしないでしょ」

「いや、彼女居るとか居ない以外にも、恋愛自体にトラウマあるけど言葉だけ俺等に合わせてるとか。何かあるのかもしれんな」

「ふむ、気遣いの出来る高嶋君なら何か無理してる可能性とかあるかもってことだね」

「そういうこと。これまでの付き合ってきた経験からして、そういう面があってもおかしくないと思う。仮にそうだとするなら、ここで無理してアプローチしたら逆効果になるまであるな」

「なるほど、ということは一先ず高嶋君のことを色々ともっと調べてみたほうがいいかもしれないかな?」

「それがいいかもしれんな。色々と分かったうえで、攻め方を整えたほうが成就に繋がるだろうしな。あんまり反応しない時点で、その選択肢も茨の道のような気もしなくはないがな」


 ちょっと苦笑いを浮かべながら、征哉はそう口にした。

 一方で、瑠璃の方は未だに気持ちが折れていないのか気合が入っている。


「それでも何か糸口が見つかるかもしれない! 私は諦めないもん!」

「まぁ真面目に考えてるみたいだし、もうちょっとだけ付き合ってやるとするかな……。やれやれ、こんなにモテるマネージャーと親友をくっつけることが難しいことだとは」

「それ、くっつけた後に言ったら最高に格好いいから頑張って!」

「かっこよくても俺には何のメリットもないんだよなぁ〜」


 この二人が新たな方針を定めた頃、悟は一人部屋の中で大きなくしゃみをしていた。



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