第35話 過去編⑨

 ようやく勉強だけに集中できるようになった二人は、更に成績を伸ばし続けた。


 もはや合格かどうかということよりも、どれだけ完璧に試験を攻略出来るかというレベルにまで到達していた。


 そして無事に本命の高校の受験を迎え、二人揃ってそつなく学科試験と面接をこなした。


「聞くまでもないけど、大丈夫よね?」

「問題自体は大したことない。ただ、解答ミスとかがめっちゃ不安なんだが」

「仮にあったとしても、あなたなら余裕でしょ?」


 麗羽はそう言うが、合否が分かる一週間後までは落ち着かない日々が続く。


 そんな中で、中学の卒業を迎える。


 卒業式を迎えた中学校内では、至る所で卒業生が写真撮影をしている。


 一方、陰キャで友達など居ない悟にとって、一緒に写真撮影をするような人など、誰も居ない。


 気乗りはしなかったが、家族との撮影をした後、荷物の片付けをしているときだった。


「悟。今、いいかしら?」


 麗羽が近づいてきて声をかけてきた。


「ほら、行って来い。荷物は全部持って帰っといてやるから」


 両親に促されて、悟は麗羽とともに誰の目にも入らなさそうな校舎裏へとやってきた。


「遂に卒業ね。一年……。いや、半年余りぐらいかしら。あなたと出会って、色んなことがあったわ」

「だな。まぁ俺が巻き起こしたことでは……ないこともないのか」

「ふふ、根本の問題はあなたではないわね。まぁ、ハラハラする展開に一味加えてくれたってはあるけどね。でも、こうして笑って過ごせるように変えてくれたのはあなたよ」

「痛い思いもしたが、結果オーライだな」


 それぞれの頭の中で、これまであったことを振り返る。

 平和になった今、改めて振り返ると数ヶ月前のことなのに、あまりにも遠い出来事のように感じる。


「物思いに耽ってしまったけれども、同じ高校に進むことになるのだけれども」

「分かんねぇぞ、俺が落ちるかもしれねぇ……」

「何でそんなに自信がないのかしら。本当に病気レベルで不安症なんだから……」


 いつも通りの悟に、彼女は呆れてしまっている。


「俺、四月もお前の横に居られるのかな……」


 麗羽がどんなに呆れていても、悟にとって彼女と一緒に合格出来なければ、もう側に居られる機会を失ってしまうと考えていた。


 そんな考えが、より不安を煽っている状態だった。


「悟。いきなりなのだけれども、私のお願いを聞いてくれたりするかしら?」

「え、お前の? そりゃ出来ることなら何でも」


 麗羽の唐突なお願いという話に、やや戸惑いながらも、悟は頷いた。


 すると彼女は、少しだけ小さく深呼吸して口を開いた。


「二人揃って受かったら、私とお付き合いしてほしいのだけれども?」

「……は?」


 悟としては、何を言われているのかすぐに理解することが出来なかった。


「……女の子の一世一代の告白に対して、最悪の反応ね。泣くわよ」

「すまん、頭が混乱してる」

「混乱するようなことではないでしょう。単に交際してほしいって言ってるだけじゃない……」


 良く考えれば、少し前に「好き」だと想いを伝えてくれていた。


 その後、お互いに受験に向かって必死になっていたのでその言葉に意識しない状態が続いていた。


 改めて想いを伝えられ、高揚感と恥ずかしさが合わさったような、何とも言えない感情が押し寄せていた。


「……俺で良いのかよ」

「むしろ、あなた以外に誰が居ると言うの? あなたほど私を思ってくれた人なんて居ない。誰よりも強くて優しくて、純粋で。そんなあなたを、他の人に取られたくない」

「随分と評価されるようになったもんだ。心配しなくても、誰もそんな評価しないけどな」

「いつバレるかなんて、分からないじゃない。で、どうなの。付き合ってくれるのかしら?」


 麗羽のような女子でも、自分から告白すると落ち着かないらしい。


「……ああ、こんな俺でいいなら好きにしてもらって構わない」

「……ありがとう。凄く嬉しいわ。遠慮なく、私の好きにさせて貰うわ」

「ちなみにしつこいって言われるかもしれんが、仮に俺が落ちたりしたら、この話どうなんの?」

「そんな事が起きたら、私があなたの入る滑り止めの高校へ行き先を変えるわ」

「どこまでもついてきてくれるのは嬉しいが、それはお母様に申し訳ねぇな……」

「じゃあ、こうしましょう。もし、どちらかが落ちて高校が異なるということが万が一起きた場合。交際すると同時に、婚約も締結することになるわ」

「……ん??」

「更に、週末はずっと一緒に居ることも確定よ。それだけすれば、普段離れ離れでも問題ないでしょう?」

「そ、そうだな……」


 堰を切ったように、スラスラととんでもないことを話す麗羽。


 最初は呆気にとられてしまったが、聞いていて途中から面白くなってきてしまった。


「なるほどな。どういう未来になっても、俺はお前のものであることは確定したってことか」

「ええ、そうよ。あなたは私のもの。純粋なあなたをこれから私だけの色に染めていくの。少しずつ男前にして、更に私を好きになってもらって。理想の男にしつつ、完全に惚れさせるから、覚悟なさい」

「やべぇ女だったか……」

「もう逃げることは出来ないわ。この先もずっと愛していくから、それを受け止めて私の色に染まってしまいなさい? 幸せにしてあげるから」


 そう言うと、麗羽から初めてのキスを貰った。


「……早速、派手に来たな」

「好きな人を自分のものにする事ができるって分かったら、前のめりにもなるでしょう? もちろん、キスは初めてでしょうね?」

「そりゃあ、する相手なんているわけ無いしな」

「それでいいのよ。完璧に真っ白なあなたに、私の色を着けたい。理想的ね」


 そう言ってのける麗羽は、嬉しそうに笑う。


「私があなたを理想の男にするように、私もあなたにとって理想の女になるわ。どんな風になって欲しいのかしら?」

「どうなって欲しいか……」


 少しだけこれまでのことを踏まえて考えてみる、少しの間をおいた後に悟はこう口にした。


「これまで通りのお前が一番いい。変わらず今のままで居てくれるのが、俺にとっての理想かな」

「当たり障りのない回答ね」

「まぁそう思うかもしれないが、俺がお前の側に居たいって思ったのは今のお前だからだと思うからさ。変に変わると、何かこれまでの思い出も相まって、なにか違うってなると思う」

「……なるほど。なかなか粋なことを言ってくれるじゃない」

「だから、今のままで俺を好きにしてくれるのが一番良い。お前とこれまで一緒に居たように居られて、かつもっと仲を深められたら、それ以上求める事なんてねぇよ」

「分かったわ。これまで通り、私が感じて素直にしようと思ったことを、これからもあなたにしていくことにするわ」

「それでいい。後は時間を追うごとに落ち着いた形が出来上がってくるだろ」


 と、悟は格好良く決めたつもりだった。

 しかし、少しすると麗羽が堪り兼ねて笑い出した。


「でもその理論で行くと、今の私はあなたを自分のものにしたいって気持ちでいっぱいよ。つまり、あなたも私のものになりたいってことね?」

「……くっそ、もう手玉に取ってきやがる」

「ふふ。確かにこの形が落ち着くし、お互いに分かり合ってるって感じられて幸せね」

「……だろ?」


 正式に付き合い始めたのは、同じ高校に入学が決まったこの数週間後になるのだが、この時点から二人の関係性がまた一歩進み、今の形に至るのだった。

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