第34話 過去編⑧
「悟っ……!」
妹が退室してから数分後、麗羽が母親を連れてやってきた。
麗羽は、悟が目を開けて意識を取り戻している姿を見て、駆け寄って抱きついた。
「麗羽……!気持ちは嬉しいが、いだだだ!」
まだ頭はふらふらした感覚はするし、色んなところが痛い。
そんなことはお構いなしといった感じで、麗羽は目一杯、悟のことを抱きしめている。
「不安にさせてすまなかった。きっちり格好良く決めたかったが、そういかないところが俺らしいな」
「そんなの要らない!あなたが無事でさえいれば、それでいいから……!」
「ご覧の通り無事だから、もう泣くなって。俺としては、直接俺が泣かせてるのと同じようなもんだから、そこまで泣かれるときついってば!」
いくら最近の彼女が精神的に余裕がなかったとはいえ、それでもこれほど感情を崩壊させることはなかった。
だからこそ、麗羽が人目も憚らずにずっと大泣きしている姿はあまりにも印象的だった。
まずは、必死に麗羽のことを宥めて落ち着いてきたところで、麗羽の母親から謝罪を受けた。
ただ、悟としても麗羽から聞いた通り、どうしようもなかったことだと思っていた。
だからこそ、どんな言葉を返せば良いのかよく分からなかった。
「俺としては……。彼女に何事も無かったこと。そして、今後はお二人に危害が及ぶことが無くなったことが何よりだと思います」
父親や妹には「何を話すか考えとけ」みたいなことを言われたが、特に気の利いたことも思いつかず、純粋に思っていることを口にした。
中学生の足りない頭で口にした言葉としては、それなりにちゃんとしていたのではないかと思える。
悟の言葉に、麗羽の母親も涙を流した。
「二人で話したいこともあるでしょう? 私はそろそろ先に出ることにするね」
ある程度話が進んだ後、麗羽の母親が先に退室して悟と麗羽の二人になった。
「ちょっとは落ち着いたか?」
「うん……」
「ったく、尋ねるのが本来は逆の立場だと思うんだけどな?」
そんな軽くおちゃらけてみたが、麗羽は泣き腫らした顔でしんみりしていて、少しも笑わない。
何とも言えない空気感で、何を話せば良いのかも分からず、悟としては途方に暮れた。
「……まぁ、これで本当にお前にとっての障害が一個、完璧に取り除かれたわけだ。もう遅くまで家に帰らない理由もなくなっただろ?」
「……何が言いたいのかしら」
「つまり、だな……。こんな事もあったんだし、家にいる時間を増やしたらどうだ? お母様もその方が安心するだろうし」
口ではこう言っているが、本当はこれまでのように少しでも長く一緒に居たいのが本音。
だが、彼女のことを思うとそれが一番だと悟は思っていた。
「……それは受け入れられないわ」
「え?」
「あなたの顔を見れば分かるわ。本心は違っても、私のことを思ってそう言ってるだけ。そうじゃなきゃ……」
麗羽は、悟の方を見て言葉を続けた。
「そんな寂しそうな顔をするわけないじゃない!」
「……」
「あなたはとっても純粋。だからこそ、こういう時もすぐに顔に出る。そんな切なそうな顔をして言ったところで、何の説得力も無くてよ」
自覚はあった。
この数ヶ月、彼女と一緒に過ごす時間が一日のどれほどの割合を占めていただろうか。
その時間が無くなるということは、悟にとって非常に耐え難いものになる。
「それに……」
麗羽は一呼吸置いて、言葉を続けた。
「私は、あなたのことが好き。どんな理由があっても、好きな人と一緒に居られる時間が減るというのは、辛いことよ」
「麗羽……」
「こんな私をどこまでも守り、側で支えてくれる。好きにならないわけがない」
これほどはっきりと、自分が好きになってしまった人から好きと言われるとは思っていなかった。
「一度言ったことだけど、あなたが居てくれたから、私は何とか頑張れてた。その頑張れる理由を、私から取り上げないで頂戴……!」
麗羽は再び、布団ごと悟をギュッと抱きしめた。
「……俺ってもしかして、ひどい選択肢を選びそうになってたのかな?」
「ええ、そうよ。守ってくれたは良いものの、トラウマを植え付けてそのまま離れようとしてるのよ? 加えて自分の本心とも逆なのに、無理してる。誰一人、幸せにならない選択だわ。酷すぎる男よ?」
「確かに、そりゃあひでぇわ。闇堕ちとか言われるのも納得だわな」
あれだけ妹に発破をかけられていたにも関わらず、その逆へ行こうとしていたようだ。
「悪いと思うなら、これからもずっと一緒に居るってここで言って頂戴。言ってくれないと、このままあなたの体を締め上げつつ、また大泣きするわ」
「分かった分かった!じゃあ、今後も一緒に頑張っていくとしようぜ。もう受験も目の前まで迫ってきてることだしな」
「ええ、当然よ。まるで受験があることが理由かのような最後の言葉には、減点をしておくけれども」
「これでも恥ずかしさを抑えて言ったのに、厳しいっすね……」
「恥ずかしいということは、本心は一緒に居たくて仕方ないということね?」
「ああ、そうだよ!ずっと一緒に居たいに決まってんだろ!そう思えなきゃ、ここまでやんねーよ」
「ふふ、良く言えました。私は満足よ」
「ってか、こんな怪我して普通に受験出来るのか不安になってきたんだが……」
「まだ時間はあるし、体調をもとに戻すことは出来るでしょ。それに、満足に勉強出来なくてもあなたなら、今の状態でも合格可能だと思うわ」
「いや、その……。こういう問題が起きて内申的なところ、大丈夫かな?」
「あなたに非は何一つ無いのだから、心配する必要は何も無いでしょう?」
「何だろ、お前にそうやって言い切ってもらえるとめっちゃ安心するわ」
悟がそう言うと、やっと麗羽が少しだけ笑った。
「入院している間、毎日会いに来るから。というか、あなたの横で勉強する。面会時間ギリギリまで、一緒に居るから」
「落ち着かねー。ってか、一般病棟に移らないとそれ出来ないと思うぞ」
「あら、ご心配なくてよ? 先程、先生から『問題なければ明日にも転棟』って言っていたもの」
「まぁ体調自体、痛いだけで他は問題無いしな」
麗羽が来てくれるのは正直嬉しいが、転棟になってその部屋に他の患者が居たら、その人たちに冷やかされそうな気がするが。
「果物とかなら、食べられるかしら?」
「食べられるけど、そんな気を遣わんでも」
「あなたならそう言うと思ったけど、こちら側の気持ちの問題だから受け取ってくれると嬉しいわ。一緒に食べるくらいでね?」
「なるほど、そういうことね。なら、持ってきてくれたらありがたくいただく」
「ふふ、素直で良いじゃない。今後もそうだと嬉しいのだけれども?」
「中学生男子にとって、それはなかなか難しいことなんだよ」
こうして、麗羽にのしかかる重すぎる問題を悟と二人で何とか解決するに至った。
そんな二人にとって、その後に控える高校受験など、もはやお遊びレベルの壁でしかない。
しばらく間、顔の怪我などで騒ぎになることを防ぐために学校を休んだが、その間も麗羽とともに最後の追い込みを続けた。
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