第33話 過去編⑦
「脳震盪ですね。MRIの検査でも、脳の異常はありませんでした。安静が絶対条件ですけど、問題ありませんよ」
緊急搬送された病院で、医師はMRIで撮影された脳の画像を見ながら、そう言った。
それを聞いて、悟・麗羽の家族ともに安堵の声を漏らした。
「年齢も年齢ですから、しばらくは入院しておくと良いと思います。しっかし、人に殴打されて搬送される人なんて久々に見ましたね。長年ここにいますけど、もう何十年も遡りますよ?」
あまりにも雰囲気が重かったので、医者なりに本当に問題ないということを伝えるためか、ちょっと笑いながらそんなことを口にした。
それに悟の家族は苦笑いはしていたが、麗羽と麗羽の母親だけはそんな反応も出来るわけがなかった。
「本当に申し訳ありません! 全て私の責任です。大切な息子さんをこんな目にあわせてしまって……。何とお詫びすれば良いのか……!」
「母を責めないでください! 私が悟くんを巻き込んだんです。本当にごめんなさい!」
真夜中の病院の廊下で、二人揃って悟の家族に頭を深々と下げた。
そもそもの判断が間違っていた。
自分だけがターゲットになっていさえいれば、何とかなると思っていた。
結局、その判断で娘に怖い思いをさせただけでなく、他人に大怪我をさせてしまった。
土下座したって、許されるものではないと麗羽の母親は感じていた。
「……お二人とも顔を上げてください。このことで、特にお二人を責める気はありません」
「……」
悟の父親に促されて、恐る恐る二人は顔を上げた。
すると、悟の父親は麗羽の方に向いてこんなことを言った。
「麗羽さん……でしたね。あなたがずっと悟と居てくれたのですね。恥ずかしながら、あいつは絶賛反抗期中で、私達とどれほども話をしないんです。でも、ずっと何か気だるそうにしてたあいつが、一生懸命勉強やら頑張ってるのだけは分かってて。何か理由が出来たのだろうなって話はしてたんですけど、あなたのお陰なんだろうなって」
「い、いえそんな……」
「こうしてここまでのことをしたのも、あなたのことが大切で仕方ないのだと思います。……迷惑になってしまっているかもしれませんが」
そう言われて、麗羽は必死に堪えていたものが遂に崩壊し、人目を憚らずに大泣きしてしまった。
「なので、麗羽さんがあいつと関わることが嫌で無いのであれば、今後も一緒に居てやってください。それが、あいつにとって一番だと思いますから」
「はい……!そうさせて……いただきます……!」
「そしてお母様。こうして息子も無事でしたし、こちらは問題ありません。ただ、そちらとしても重大な問題だと思いますので、しっかりとこれまであったことだけは、警察や私達にお話願えますか?」
「はい、もちろんです」
麗羽の母親によって、諸々の話がされて一通りの話が関係者に把握されたところで、ようやく悟が目を覚ましたという連絡が入った。
ICUの一角で、悟は横になっていた。
「ったく、反抗期だけなら良かったが、派手なことをやらかしたもんだな」
「……今回ばかりは返す言葉もねぇわ」
「ま、無事だったから何よりだ。とは言っても、あんまりハラハラさせないでくれ」
「すまん、反省はしてる」
「……で。随分と美人さんだったが、あの子のことが好きなのか?」
「……この状態の時に、聞く問題かよ」
「ま、こんな事をしようかっていうぐらいだから聞くまでもないんだろうけどな」
「うるせぇわ」
「後で会いに来てくれるみたいだから、精々今のうちに話すことでも考えとくんだな」
「はいはい、もう出てってくれ」
こんな状態で心配をかけているのに、ちょっと話すといつもの感じになってしまう。
悟の言葉通り、家族揃って部屋から出ようとする。
「……すまん、千紗だけちょっと残ってくれないか?」
「え、私? それはもちろんいいけど……」
「じゃあ、父さんたちは先に出てるから」
親だけを退室させ、妹と二人だけになった。
「まぁ私は子供だから、あんまり詳しい話は聞かされてないけど、とんでもないことしたもんだね」
「自覚はある」
「何か捕まった男、怯えてるらしいよ。『化け物だった』って。暴力した側の反応じゃないでしょ」
「……それでいい。これで麗羽に復讐とか考えなくなるだろうし」
「あの人、めっちゃ可愛いね。そりゃあんな人が困ってたら、なりふり構わなくなるのは分かる気がする。兄さんは、騎士だね。守ったんだもん」
「……それにしちゃ、無様な状態だがな」
「何かお巡りさんが言ってたけど、殴られて笑ってたんだって? 完全に狂ってるじゃん。そりゃあ『化け物』って言われても仕方ないねー」
「……」
何故、笑っていたのか。
その理由を親にはもちろんのこと、妹にすら自ら話す勇気はとてもじゃないが無かった。
「……何かね、一応兄妹だからなのかな。兄さんがそこで笑った理由、分かる気がするんだ」
「本当だとしたら、出来の良すぎる妹だな。何故だと思う?」
ここで敢えて、妹にどう思っているか問いかけてみた。
そこで、当てられれば素直に話すことを心に決めて。
「兄さんはすごいのに、自分の事がとにかく嫌い。私もまぁ、そうなんだけど。自分が壊れて欲しかったんじゃない?」
「マジで凄い妹だ、その通りだよ」
「……やっぱり。何かね、私だけ残したから何となくそんな気がしたんだ。こんな話、お父さんやお母さんに話せるわけ無いしね」
「……ああ。やったことで、人は救ったかもしれないが、とんだ親不孝者だよ」
「本当だよ。何と言うか、騎士っていうより闇堕ちしてる"暗黒騎士"っていう言葉が似合うね」
「その呼び方、いいな」
この時に、妹が名付けた呼び名が今も言われる"暗黒騎士"という呼び名の始まりだった。
「呼び方自体はカッコいいけど、周りを不安にさせかねないから、ジョブチェンジお願いしまーす」
「おう」
「その反応が取れただけで残った甲斐があったね。一応、私にとって自慢の兄だってことも忘れるなよ?」
常々、自分よりも大人で頼もしい妹だと思った。
「俺にとっても自慢の妹だよ。そんな自慢の妹に頼みたいことがある」
「何かな?」
「俺が入院している間、父さんと母さんを頼むわ」
「……任された。ってか、いつも家に居ねぇだろっ!」
「それもそうだな。ってことで、いつも通り頼む」
「OK、そこは心配するな。その代わり、麗羽さんと今後も一緒に、ね?」
「うるせぇ、お前にメリットねぇだろ」
「あるに決まってんだろ。あんな美人な人が近いところに居たら、良いことしか無い。申し訳ねぇと思うなら、あの人をゲットしろ。そうすれば、自然と自分にも自信つくだろ」
「……くっそ、完全論破された」
「ということで、この後ちゃんと口説けよ?」
「こんなボロボロの格好つかない状態で?」
「あはは!」
ICUという場所に不釣り合いな笑い声が響いた。
この時ほど、自分の妹がすごいやつだと感じたことがない。
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