第28話 過去編②
「なぁ」
「何かしら?」
「そろそろ夏休み終わりだろ? まーた学校行かなきゃ行けない日々が始まるってだるくない?」
麗羽が悟を弄るということを覚えてからは、二人が話をする機会が多くなった。
麗羽は最初から一貫して話し方が同じだが、悟の方は多少なりともまだ丁寧さを持った話し方をしていた。
それも会話の頻度が増えたり、麗羽が弄ったりすることが多くなったので、悟も段々と話し方が変わってきつつあった。
「……別に。私としては、あまり家にいる時間を作りたくないし、学校と塾で一日ほぼ過ごせるなら、その方がいいかしら」
「……相変わらず真面目だな」
話していて感じつつあることだが、どうやら麗羽も家にはあまり居たくないようだ。
なぜ分かるかと言うと、反抗期で家に帰ることが苦痛になっている悟と、「反応が似ているから」である。
その理由はよく分からないが、悟としては彼女から話さない限り、そこまで深堀りしないように意識していた。
「そんなことよりも、この問題の解き方を教えてもらってもいいかしら?」
「……!」
「どうかしたのかしら?」
「いや、別に……。どの問題よ?」
それなりに会話が出来るようになってからと言うものの、麗羽はあれだけ「得意げに答えでも教えたいの? 耳障りだから来ないで」とか散々言っていたくせに、今度は遠慮なく何でも聞いてくるようになった。
それだけなら全く構わないのだが、問題は別の所にあった。
彼女に棘があって、周りを寄せ付けていないことは分かっていたのだが、慣れると距離感が異常に近かったりした。
本人はそのことに対して何も思っていないようだが、悟としてはやはり美人の麗羽に至近距離まで近付かれると、ドキッとしてしまう。
だが、それを悟られてしまうとせっかくここまで話せるようになった関係が崩れてしまうのではないかと、ヒヤヒヤしているのだ。
「これは、こうして……こう展開するとこの式が出来るから」
「なるほど、とても分かりやすいわ。ありがとう」
「お気に召したようで何より」
「ええ、これからも私が聞いたらきっちりと答えることね。成績はあなたのほうが上なのだから」
「へいへい」
言葉だけ聞けば、随分と勝手なことを言っているのだが、彼女の顔はとても嬉しそうなのでそれで全て良いと思ってしまう。
(やっぱり、やばいな……)
今まで、まともに話せる女子が一人もいなかったのに、誰もが憧れる美人と話せるようになってしまった。
しかも棘があった分、なおさら今の反応が悟の心を大きく乱してしまう。
それでも、そういう時は「自分」というステータスを見て、冷静さを取り戻す。
(こんな冴えない陰キャが、こんな人を好きになったところで何にもならない。むしろ、迷惑をかけてしまう)
単純に、麗羽から嫌われることよりも仲良くなってくれた彼女に、嫌な思いをさせたくない。
だからこそ、自分の中に出来つつあるこの厄介な思いを徹底的に抑え込む。
「何でそんな難しい顔しているのかしら? ただでさえ辛気臭い顔が、より強調されてしまっていてよ?」
「いや、何かまたちょっと自分の事が嫌になったと言いますか」
「あなたって、本当に自分の事が嫌いなのね」
「まぁな。好きだと思ったことなんて、人生の中で一度も無いな」
「おかしな話ね。それだけ勉強が出来ているのに、自らを卑下する必要もないでしょうに」
「別に何かが出来るからとか出来ないからって言うことが理由で、自分の事を嫌いってわけじゃないんだよな……。何か、分からない?」
「分からないわ。自分の事を好きになるかは別として、嫌いになったところで何も利点など無くてよ」
「うぐっ……!」
悟が小難しく考えているのに対し、麗羽はあっさりと答えを出した。
「それに。私からしたら、周りの人よりもあなたのことは好きよ。気楽だし、分からないところとかすぐに聞けるし」
「そりゃ俺のこと弄りまくってるし、教えるまで教えろってとことん催促するしな」
「それだけ必要としていると、考えなさい? その考え方だけで、その陰気臭い雰囲気を改善出来るかもしれなくてよ?」
確かに麗羽の言う通り、前向きに捉えることをすれば多少なりとも変われるかもしれない。
しかし、それをすると彼女に堕ちてしまいそうなのでそう簡単なことでもない。
結局、そんな状態のまま夏休みを終えた。
麗羽にあれこれ言われたが、悟としては彼女とはあくまでも塾だけのやり取りに限定した。
もちろん、校内でも暇さえあれば話したい気持ちはあった。
しかし、この受験を控える大事な時期に、周りからあれこれ言われて彼女へ余計なストレスになって欲しくないという思いだった。
「本当に、神経質ね。女々しすぎて、どっちが女かよく分からない感じになってるわ」
一応、「そのスタンスで行こう」という話をしたとき、麗羽は呆れたようにそう言った。
「でも、こうしてやり取りしてると分かってきたわ。あなたは本当に私のことを色々と考えてくれた結果、そうした方が良いって決めてくれたってね」
その後、笑みを浮かべて補足することも忘れなかった。
「あなたは優しいわ。表裏もなく、ただただ純粋に。だからこそ、何か辛気臭くて弱々しいところがあるのだけれども」
「だからこそから後の言葉、必要だったか?」
「ごめんなさい、弄らないと気が済まないの」
「とんだ畜生野郎だな……」
「私に対して、ちょっとはそんなことが言えるようになっただけ、成長してるわね?」
「うるせぇよ」
そんなやり取りをしつつも、ひたすら二人で一緒に勉学に勤しむ日々が続いた。
夜がそれなりに冷え込みだした、10月の上旬頃。
「この後、すぐに家に帰るのかしら?」
「ん? そのつもりだけど」
「……そう」
いつも通り、22時前になって閉館時間が近づいてきて二人揃って荷物を片付けているとき、麗羽がふとそんな問いかけをしてきた。
「何だよ、らしくないな。そんな漠然としない問いかけ、いつもしないだろ」
「気にしないで頂戴。ちょっと聞いてみただけだったから」
表情を見ても、いつもよりも元気がなく彼女らしさが全く無かった。
「ちゃんと言ってくれるまで、陰湿に粘着したって良いんだぜ? そこまで言ったのなら、言ってくれよ」
「……もう少し、どこかで一緒に居られないかって思ったの。でも、流石にご家族が心配するわね。ごめんなさい」
「いや、別に構わんけど。どこ行く?」
「え?」
今思えば、麗羽が驚いた顔はその時ぐらいしか見ていないかもしれない。
あまりにもあっさりと、okを出した上に有無を言わせぬ勢いで詳細へと入ったので、流石の彼女も驚いてしまったようだ。
「マ◯クでも行く? あそこ24時間だし」
「で、でも……」
「ほらほら、行こうぜ」
あの時は、彼女が単純に元気がなかったから一緒にやんちゃしようというくらいの気持ちだった。
おそらく、「家で何か嫌なことでもあったのだろう」と。
だが、その行動を今になって思えば、「よくやった」と心の底から称賛しなければならない。
何故なら、それは彼女がとてつもなく苦しい問題に巻き込まれていたからである。
その現実から避けたいがあまり、家へと帰る時間をもっと遅く出来ないかと考えるようになっていた。
更には、こうして悟へも縋るように無意識に問いかけてしまっていたのだから。
真意を読み取れていなかったとはいえ、その手を取ることになった悟。
麗羽を引き連れて、少しだけ真夜中の時間まで二人で過ごすことが増えていくようになる。
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