第25話

「六時間授業って、こんなにきつかったけ……」


 休み明けの一日は、悟にとってかなり辛いものであった。


 午前中は頭のエンジンが掛からないし、午後は異常に眠くなる。


 一〜六時間まですべてを通して、ちゃんと取り組めた授業が何一つない。

 ひとまず、教師に目をつけられて悪目立ちしないすることを徹する必要があった。


 加えて、朝からあまり遭遇したくないイベントやらが合わさって、せっかく癒やされた体力もあっという間に消費してしまった。


 良くないのが、麗羽に甘えるという高い依存性はしっかりと体が覚えている。


「体力を回復したければ、甘えろ」と、どの人格かも分からない声が体内でうるさく叫びだす始末。


 悟のことを疲れさせようとする要因が現れたことで、放課後を迎える頃には完全に体力を失っていた。


「お前……疲れすぎだろ」

「いや、病み上がりにはきついって。よくお前ら体調崩さないな」


 実際のところ、体調不良になどなってはいないのだが、やたら実感のこもったコメントをしてしまった。


「いや、どんだけ虚弱体質なんだよ」


 征哉にそう突っ込まれたが、改めて高校生という存在が一日でどれだけ動いているかを実感させられる。


 ここに部活や、更に頑張る人はそこから学習塾などに通う強者さえ存在するわけなのだから。


 もはや平日だけに限って言うと、「家は寝に帰るだけ」という表現が出来るくらいかもしれない。


「帰って早く寝て休むしかねぇ」

「いやいや……。まぁ病み上がりだからしゃーないか」


 完全に征哉が呆れてしまっている。


 自分はこれから遅くまで部活するのに、一方で友人は同時刻に寝ようと言っているのだから、こんな反応になるのもおかしくない。


「ただ、瑠璃に返事くらいはしてやれよ。あいつなりに心配してたんだからな」

「わ、分かってるよ……」


 気乗りしないが、征哉にこう言われてしまうと何も言い返せなくなる。


 確かにぶりっ子行動が目には付く。


 当たり前だが、それもこちらの気を引きたいからこそやっているわけで。


 嫌いな相手や、変な勘違いをされたくない相手には、間違ってもここまで攻めた動きはしない。


 悟としては不快感を感じるが、彼女なりの精一杯のアプローチの一種と考えることも出来る。


(とは言っても、合わないんだよなぁ)


 そこまで仮に相手に寄り添って考えても、やはり仲良くなろうという結論には至らない。


(それに、話の途中でよくわからない話題ぶっこまれたら、本当に困る)


 今日の麗羽についての話題振りは、本当に想定出来ていなかった。


 今回こそはうまく避けたが、今後は直接のやり取りとメッセージ、どちらもそういう可能性を含めて関わっていかないといけなくなる。


 それが、悟にとって何よりもの億劫の種となりそうなのであった。



 ※※※


「あなた、またあの人に言い寄られてたじゃない」

「あれ、見てたのか」


 帰りの電車にて。

 悟の隣で本を片手で読んでいる麗羽が、そんなことを口にした。


「ふふ、これでも私も女子高校生よ? 好きな彼氏のことを見ないで過ごすなんて、難しいわ」

「まぁ、それは俺も一緒か」

「それで、随分と接近されてたわね。色恋沙汰の多い相手からのアプローチは良かったかしら?」

「いや、何かわざとらしさしか感じないからきついな。露骨過ぎて、あそこまで行くと男でも意図的にああいうことをするって分かる」

「それでも、その魅力に流されるのが男だと思うのだけれども」

「そうかな? 何にも思わんけどな」


 悟がそう言うと、麗羽は面白かったのか軽く笑みを浮かべた。


「それはあなたが特殊なのも、あると思うわ」

「どういうこと? 例の『お前に染められてる』っていうやつか?」

「それももちろんあるけれども……。あなた自身、人を観察する能力が他の人よりも、飛び抜けていると思うわ」

「な、何だいきなり。この状況で褒めて来るなんて、凄い違和感なんだが」

「事実として言っているのよ。性的興奮に耐性があるとはいえ、女特有の意図のある動きを分析出来るのは、高校生男子には難しくてよ」

「性的興奮って言い方、止めてもらってもいいすか……」

「あら、世の中にある単語の一つだと思うけど」

「だからって、そんな凛々しい顔で言わないでもらっていいかな!?」

「まぁそんなことよりも。そういったところも、私が安心していられる理由よ。変な虫が来てもね」


 言い方に問題があるような気がするが、端的に言えば「信頼」しているらしい。


「ただ、一つ気になることがあってな」

「何かしら?」

「朝、話している中でいきなりお前の話題を出してきた。『今日から復帰なんだね』って」

「……」

「それに、昨日休んでる俺に対してそんなこと言っても、分かるわけ無くね?」


 悟が抱いたシンプルな疑問を、麗羽に全て伝えてみた。


 すると、麗羽は読んでいた本を静かに閉じて、ふぅっと息をついた。


「もしかすると、勘づかれたのではなくて?」

「え?」

「私達の関係についてよ」

「……いやいや、ありえないだろ。どちらも何も言ってないし」

「……休みの日がよく被るの、気がついたら?」

「……。い、いや偶然ってなるだろ」

「でも、昨日ので三回目。コミュニティが広い彼女なら、この情報を聞きつけて何かを感じたことは捨てきれないと思うけどね」

「た、確かに三回も被るのはおかしいか。しかも、まだ二年の前半くらいだしな」

「それで、あなたがボロを出すと思って牽制の意味で、その問いかけをしたのでしょう」

「……女って怖い」


 考えるだけでゾッとした。


「ちなみに、どう答えたの?」

「え、惚けましたけど?」

「そういう危機察知能力の高さもあるのね、あなたには」

「今日の俺、よく頑張ってるじゃないか!」


 そりゃ体力も消費すると、悟はこの後休む納得の理由として一人で勝手に大きく頷いていた。


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