第24話

 次の日、悟はいつも通りに登校した。


「お、一日で戻ってきたか! おはようさん」


 教室に入ると、征哉が早速声をかけてきた。


「……うぃっす」

「テンションひっく! いつも朝は機嫌悪いこと多いけど、今日は一段と機嫌悪ぃな」


 元々、悟は朝の機嫌が悪い方なのだが、昨日の同じ時間にあれだけだらけた過ごし方をしたせいで、なおさらしんどくなっているのが主な原因である。


「まぁ昨日はずっと寢でて良かったわけだしな。そこからまたこの日常に戻ったら、めっちゃきつい」

「普通、逆じゃね? しっかり休んだからこそ、朝から普段より元気になるもんだろうよ」


 珍しく征哉の指摘も鋭いところを突いているが、体は休めると回復するだけでなく、楽な方に慣れようとするわけで。


 悟の場合は、回復よりも昨日の麗羽とくつろいだ記憶を引きずって体が駄々をこねている状態に近い。


 そんな話をしつつ、悟は横目でちらりと麗羽の席に目をやった。


 彼女は既に来ており、友人たちといつもと変わらぬやり取りをしているようだった。


「話してる感じ、元気そうだな!」

「まぁそうだな。適当に薄着で寝て、軽く体調崩しただけだしな」

「そんなお前のことをすごく心配してるやつだっていたんだぞ?」

「へ? お前のことじゃなくて?」

「俺ではない。と、そんな話をしてたら、その心配してくれてたやつのお出ましだな」

「お、おはよ! 高嶋君、元気になったんだね!」


 自分の事に対して、そこまで強く関心を抱く者とは一体誰か分からなかった。


 しかしその顔を見た途端、「なるほど」という思いとともに申し訳無さと若干面倒だという感情に襲われた。


「雨宮さん、すみません。メッセージの返事出来てなくて。完全にオフ状態で寝てまして、スマホ触ってませんでした」

「ううん、大丈夫っ! 元気になったのが何よりだよ〜!」


 ガッツリ嘘で、現役高校生がスマホを触らないなんてことは絶対にあり得ない。

 体調がどんなに悪くても、唯一出来ることがスマホ弄りだと言っても良いくらいまである。


 昨日の時点で、瑠璃からメッセージが来ていたことは知っていた。

 しかも、お昼前くらいに来ていたので、おそらく校内の何処かに隠れて送ってきたのだろう。


 ただ、返事するのにそれなりの気合が必要なので、放ったらかしにしていた。


 麗羽が居たのも理由の一つだが、おそらく彼女の場合、「適当に返してあげたら?」って興味なさそうに言うくらいで終わるに違いない。


「おいおい、返事くらいしてやれよ〜。こいつ、教師に見つかるリスク抱えながら休み時間、隠れてメッセージ送ってたのによ」

「い、言わないでよ!」

「いや、送った時刻見たら確実にバレるだろ」

「そこまで心配させていたとは、すみません。体調はもう元通りなので、今日からまた頑張ります」


 麗羽や征哉に対しては、その時のコンディションによる機嫌のまま接している。


 だが、瑠璃に対してはよそ行きの態度というか、自然と言葉遣いや態度を整えて接している。


「本当に? 無理しちゃダメだよ?」


 そう言って、座っている悟の目線に合わせるように、瑠璃は屈んできた。


 まるでグラビアアイドルが写真を撮る時のような仕草で、元々着崩している制服から胸元がチラチラと見えている。


(というより、見せてるって方が正しいな……)


 以前にもあったが、これだけ色んなあざとい行動が出来るところを見ても、どれも計算して見せていると完全に言い切って良さそうだ。


 学年の中でも可愛いと人気の女子が、こんな体制で「心配している」などと特別視とも取れそうな言葉を言えば、言われた男子は確実に舞い上がって好きになってしまうところだろう。


 ただ、悟は”普通”ではない。


 既に一人の女子に完璧に染められている悟にとってむしろ『色恋沙汰の多い女子』、言い方を悪く言えばぶりっ子女子特有の計算高さばかりが気になって、不快感しか感じない。


 胸元を見せられたところで、麗羽とすることをしているので、何も思わないこともより不快感を鮮明にさせているまである。


「善処しますね」


 普通の男子の反応なら、おそらく二択。


 慌てて目を逸らすか、思わず目を奪われてしまうか。


 ちなみに、悟の場合はどちらでもない。


 普通の距離感で喋っている時と、全く変わらない。


「ってか、悟は瑠璃に対してめっちゃ固いなぁ。もっと緩くていいのにな」

「本当にそうなんだよ〜! もっとラフで!」

「打ち解けるまでにお時間をいただく体質ですから、ご勘弁を」

「体質って何よ〜! 面白い言い方するなぁ!」

「結局、雰囲気良くなっても陰キャのままじゃねぇかよ……」

「そりゃそうだろ。いきなりはしゃぎだしたら、お前としても困るだろ?」

「それはそうか……」

「あはは、本当に面白いね! そりゃ二人とも仲が良いわけだ!」


 そんな話を三人でしばらくした後、おもむろに征哉が席を立った。


「わり、始業前にトイレ行っとくわ。瑠璃が戻るまでは二人でそのまま話でもしとくといいよ」

「あいあい、いてら」


 本当は二人にして欲しくないのだが、あからさまにそんな事を言うことも出来るわけがない。


 征哉が教室から出ていくと、悟と瑠璃の二人だけになった。


「でも、本当に一日で良くなってよかったね。この時期の体調不良って長引くこと多いから」

「ですね。寝る時に無防備過ぎました」

「暑いからって、ちゃんと布団被らないとダメだよ〜?」

「耳の痛い話です。すぐに布団蹴飛ばしますからね」


 征哉が居なくなってからは、また当たり障りのない体調の話に戻った。


 このまま普通にチャイムが鳴るまで、平穏に過ごすことに徹底しよう。


 そう思ったときだった。


「そういえば、初音さんも来てるから体調良くなったんだね」


(!?)


 いきなり、瑠璃が麗羽の話を出してきた。


 全く想定していなかったので、思わず反応してしまいそうになるが、ぐっと抑えた。


「え、初音さんですか? ああ、そういえば一昨日休んでましたね。彼女も今日から復帰なんですか?」


 悟は、心情を顔や声色に出すこと無く、あたかも知らないかのような口ぶりで話をする。


 悟が持つ謎の才能で、相手に隠したい秘密や嘘を暴かれそうになったとき、素知らぬ顔でとぼける事ができる。


 このスキルのおかげで、何度も危ない目を避けてきた。主に自分の悪事に関することで。


 悪ガキで悪い事を行い続け、少しでも怒られたくないと思い続けた結果、身についてしまったものである。


「みたいだね。元気そうで何よりだよねー」


 先程までの悟に対して発していたトーンとは全く違い、言葉と声色が全くあっていない。


 麗羽も「興味がない」と言うことはあるが、おそらく同じか加えて「仲良くはしたくない」という意志も混じっていそうだ。


(見る限り、対極に居そうな二人だしな)


 しかし、何故いきなり瑠璃が話の途中で麗羽の話を出してきたのか。

 

 悟には理由がよく分からなかった。


 ただ、このやり取りで動揺などして何か勝手な認識や厄介事が起きることは避けなければならない。


 その後も、しれっとした態度のまま瑠璃から提供される話題に対して無難に答えることに徹底した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る