第22話

「さて。あなたもお疲れみたいだし、また寝直すことにする?」

「すぐにそうするのもありだが、ちょっとその前にやっておきたいことがある。いいか?」

「何かしら? あなたが言うことなら、嫌と言うつもりなど無いのだけれども」

「直近の試験結果が不甲斐なかったということで、間違った問題の復習したから、見てくれや」

「それは構わないけれども、ノートとか持ってたりしたかしら?」

「それはないが、少し前にメッセージを通してお前に見てもらおうと思って撮ったやつがある。えっと、これだな」


 悟はそう言うと、スマホを手にとって起動させると画像フォルダを開いてその画像を麗羽に見せる。


「どれどれ……。うん、ちゃんと計算式も立てられているし、過程も言う事無しよ。ちゃんと復習したのね、えらいわ」

「言われた通り、最近はちょっと不甲斐なさすぎるからな。ちょっと見直しやら自己学習の頻度を増やしつつある」


 他の科目についても、復習や自己学習したもので撮影していたものは全て彼女に確認してもらった。


「どれもちゃんと出来てるわ。まぁ元々これぐらい出来ることは、承知済みではあるけどね?」

「スマセン、弛んでました」

「だとしても、危機感を感じて適度に気を入れることが大切だから、それでいいのよ。次の試験は、安定しそうね?」

「だといいけどな」

「ダメだったら、本当に私との順位の差だけキスマーク付けるから」

「死ぬ気で頑張ります……」

「あなたが本気を出せば、私なんて到底敵わないのに。ちゃんと私の男であるスペックを出して欲しくてよ?」

「受験までにはエンジンかけますわ」

「当然ね」


 そう言いながら、麗羽は静かにコーヒーの入ったコップに口をつける。


 発した言葉と相まって、クール感が様になっている。


「それにしても……。その写真は私に見せるために撮ったと言ったわね?」

「そうだけど」

「随分とたくさん丁寧に撮ったものね。そんなに見せたかったの?」

「えっと、それは……まぁそうだな」


 特に深く考えていなかったが、取り敢えず麗羽に見せておきたいという気持ちだったのは間違いない。


「ふふ、褒めて欲しかったの?」

「え?」


 確かに考えてみれば、何故ここまで麗羽に見せておこうと自分の中で思ったのか。


 色々と不甲斐なかったのはあるが、それは自分の中できちんと自己学習していけばいいだけのこと。


 麗羽に見せて、先程みたいに「ちゃんと出来てる」って言ってもらいたかったから、取り敢えず見せておきたくかもしれない。


「深く考えてなかったけど、多分そう。そうじゃなきゃ、こんなに見せる準備してるわけ無いし」


 悟がそう言うと、麗羽はらしくないくらい全面的に楽しそうに笑った。


「な、何でそんなに笑うんだよ」

「最近よく言っているけど、本当にあなたは可愛いわね。無邪気で純粋で」

「じゅ、純粋過ぎて悪かったな!」

「愛している私にとって、何よりも良いことよ。あなたはいつも純粋に私と居てくれる。だからこそ、私もそばに居てより愛おしく感じる。それも、おかしくなってしまうくらいにね」


 麗羽はそう言って立ち上がると、悟の座っている席の後ろに立つと、左腕を悟の体に回しつつ、右手で優しく頭を撫でる。


「ちゃんとよく出来ました。あなたが真面目にやれば敵う相手は、あの高校内に誰も居なくてよ?」


 いつもであれば「やめてくれ」とかすぐに言ってしまうが、今回ばかりはそうではなかった。


 むしろ、やや頭を後ろの麗羽に預けてその包容を享受するような形を取った。


「……やっぱり俺って、甘えん坊なのかな」

「そうね、とっても甘えん坊さんだわ。でも、私が甘えたいときは甘やかす側に回ってくれてるから、何も問題ないのけれども」

「おかしいな、自分でこんなはずじゃないって思ってたんだが」

「しっかりと大きい甘えん坊さんよ。それも、悪いことも覚えた厄介タイプのね」

「大きいは認めるが、『悪いことを覚えた厄介タイプ』ってなんだ?」

「ふふ、さぁて何かしら? 言ったらまた昨日と同じやり取りになるわ。可愛いワンちゃん?」

「……なるほどね。確かにそうだな。ったく、美人で優しいことを良いことに、その中で悪い事を随分と教え込まれちまったよ」

「大人になるとは、そういうことも知らないといけないじゃない? それを私が自分の色に染めつつ、教えてあげてるのだから、感謝して欲しいわ」

「メインはお前自身の目的になってるんだが」

「ふふ、嫌かしら?」

「んや。悪いことも教えてもらったし、甘えさせてくれるし、ちゃんとするところには気を入れてくれるし。良いことしかねぇよ」

「そうでしょう。こんな女、周りにいないのだから生涯大切になさい?」

「……おう」


 そんなやり取りの後、麗羽から長めのキスを受け取った。


 ※※※


 一方その頃、高校では。


「悟のやつ、今日は特におせぇな」

「高嶋君、いつもはこれぐらいに来てるの?」


 教室内では、朝のHRが始まる10分ほど前の時間を迎えている。


 まだ生徒たちは席に着くこともなく、気の合う者同士で会話に花を咲かせている。


「ふぅ〜〜!」


 しかし、そんな中で早くも担任教師が多くの荷物を抱えて教室内に入ってきた。


「あれ、もう始業時間?」

「え、まだチャイム鳴るまでには時間あるけど……」


 そんな小言を漏らしながら、生徒たちは自分の席へと渋々戻って行こうとする。


「ごめんごめん、まだみんな大丈夫よ! ちょっと色々とバタついてるから、私が早めに来ただけだから!」

「せんせー、何かあったんですか?」

「実はね、初音さんに続いて高嶋君も体調不良でお休みになっちゃって。学級委員長どっちも居ないっていう緊急事態なの」

「悟のやつ、今日欠席かい!」

「なのに、ちょっと学級委員がいればやって欲しかった仕事が出来ちゃってね……。まぁこれだけは仕方ない。寒暖差激しいから、みんなも体調には気を付けてね!」


 そんな担任教師の話があった後、生徒たちはまた各々の会話に戻っていく。


「高嶋君、休みなんだ……」

「残念だったな、せっかく待ち受けてたのによ」

「そ、そんなんじゃ……!」

「にしても、あいつ。前も初音さんと休むタイミング被ってたな〜」

「どういうこと?」

「いや一年の時も、悟のやつが休んだ時って初音さんも休んでた記憶あるんだよな〜」

「やだやだ!友人の休んだタイミング覚えてるなら、まだ分かる。でも、関わりない女子の休んだ時を覚えてるとか、普通に気持ち悪いんですけど……」

「い、いやほら周りが『今日は休んでる』とか、話ししてたの何となく覚えてることってあるじゃん! 別に意識して覚えてるわけねぇよ!」

「ほんとに?」

「流石にそれは自分でもキモいって分かってるわ! 普通に可能性もない相手、いくら美人でもそこまで意識してもしんどいし」

「……まぁそういうことにしといてあげようか」

「そうしといてくれ。そんなレッテル貼られたくねぇよ。それにさ、こうして覚えてるのにはもう一つ理由があったりする」

「ほう、それは?」

「これで被るの、三回目だぜ?」

「……それ、本当?」

「うん、一年生の時に二回あったからな。今回で三回目だな。いやぁ、こんなに被ることってあるんだな」

「………」


 呑気にそんな事を言う征哉の隣で、瑠璃は何やら考え込むような顔をしていた。




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