第21話

「もっと近くよ」

「はいはい」

「……これでいいわ。すごく落ち着くから」


 かなりしっかりと密着し、更に抱き寄せるようにして腕を回した。

 更に、麗羽は自分の頬を悟の鎖骨付近に擦り寄せてくる。


「すまん、一分も経ってないのにもう暑くなってきた。一晩耐えられる気がしない」

「今さら体が火照るくらい恥ずかしがるなんて、なんて愛されてるのかしら」

「いや、シンプルに暑い」

「私を化け物にしたいのかしら?」

「ごめんなさい。安心してお眠りくださいませ、愛しのお姫様」

「『愛しのお姫様』は要らないわ。そこまで行くと興醒めするから」

「難しいな……」

「黙って軽くキスするとか、優しく撫でるとか気の利いた事はいつになったら出来るようになるのかしら?」

「みんなそんな手慣れたことしてんの? いつまでも出来るとは思えんが……」


 もう付き合ってかなりの時間が経っているはずだが、そんな発想が咄嗟に出てきたことは一度もない。


「まぁそれがあなたらしいといえば、らしいから安心してしまうのだけれども……」


 彼女はそれなりに寝ていたはずなのだが、そんな会話から程なくしてすぐに眠ってしまった。


 しばらく彼女の寝顔を見ながらそのままの体制でいたが、ずっと維持するのが辛くなってくる。


「すまん、ちょっとだけ体位を変えさせてくれ」


 寝ているので伝えているわけではないが、敢えて一言入れてから体を動かす。


「ん……」


 すると、麗羽は閉じていた瞼を少しだけ開いた。


「……どこにも行ってはダメよ」

「行かないから安心してくれ」


 そう言って、悟は軽くキスをした。


「悪くないだけれども、この眠たい状態の時はちょっと……」

「すみません、大人しく横でじっとしてます」


 悟がそう言うと、彼女は小さく穏やかに微笑んで再び眠りについた。



 ※※※※


 次の日、目が覚めた時には既に時計は7時半を指していた。


「!?」


 一瞬、「やらかした!」という認識で頭が一気に冴えわたるが、見慣れない天井と隣で未だに眠っている彼女を見て状況を把握し直す。


「この時間に起きたなら、遅刻確定だな。俺もいるから学校に行く前提なら、叔母様が起こしに来てくれそうなものだしな……」

「……さっき、母親が学校に休みの連絡を入れておくということと、叔母様にも事情を伝えるって連絡来てたわ」

「お、起きてたのか」

「ふふ、おはよう」

「おはよう……。その話って何時くらいの話?」

「7時前くらいね」

「全然気が付かなかった……」

「爆睡してたから、仕方ないわね。ただ、うちの母親に笑われてたけれども」

「うわ、恥ずかしい」


 しれっと目を覚ましていた麗羽と寝起きトークをしながら自分のスマホを見てみる。


 すると、母親から『学校には休みの連絡を入れた』との話と、妹からメッセージが届いていた。


 確認はしないが、長文が送られてきているためどうせ面倒な事を言ってきているに違いない。


「叔母様から?」

「うん。連絡入れておいたから、ちゃんとお前の横にいてやれってさ」

「ありがたい限りね……。またお礼に伺わなきゃ」

「まぁお前が行くと家族みんな喜ぶから、無理無い程度に良ければ」


 妹だけでなく、麗羽のことは悟の父親も母親どちらも気に入っている。


(まぁ頭が良くて品もあるし、美人だから当然といえば当然なんだけどな)


 彼女のことを見ながらそんなことを思っていると、麗羽はゆっくりと体を起こした。


「さて、そろそろ起きましょうか。朝ご飯を作って置いていってくれているらしいわ」

「ありがたいな……。せめてお礼の一言くらい言えればよかったんだが」


 既に麗羽の母親は仕事のために家を出てしまったようで、残っているのは悟と麗羽の二人だけ。


 リビングに降りると、テーブルにはカフェのようなモーニングセットが用意されていた。


「すげぇ……」

「たいぶ気合いを入れてくれたようね」


 早速テーブルに着いて、用意されている朝食に手を付ける。


「うまっ、こんなちゃんとした朝食を食べたの記憶ない」


 そんな感想を漏らしながら食事していると、麗羽がコーヒーを口にしながら微笑んだ。


「ん、何か面白いことあった?」

「いえ、この風景が同棲生活の朝って感じで凄く良いと思ってね」

「どういうことよ」

「その言葉のとおりだけれど? もしかして、嫌なのかしら?」

「そういうわけじゃないけど、気が早すぎない?」

「そうでもないわ。後、少しして大学生活が始まればこんな生活が始まるじゃない」

「待て待て。色々と突っ込みたいところがあるんだが」

「何かしら?」

「まず、一緒に居られるように同じ大学か近い大学である必要があるけど」

「問題無いわ。私が合わせてもいいし、私があなたを発破をかければいい話よ」

「勉強してどこでも行けますってなればいいのか」

「そうよ。下宿先がここから遠くてもいいから、私達が近くに居られればいいのだし」


 麗羽の成績からすれば、どこでもなんとかなる。


 更に、悟も麗羽に発破をかけられればやらざるを得ないわけで。


「……じゃあ、こんな豪勢な朝飯作れる?」

「……別に質素でもこうして一緒に朝を迎えることに意味があるんじゃない」

「……常に一緒だと、そのー……。抑えが効かないときがこれまでよりも多くなると言いますか」

「好都合よ。いくらでも受け止めてあげるわ。愛し合う時間は多ければ多いほど良いわ。というか、早く求めてきなさいっていつも言ってると思うけど?」

「万全そうっすね」


 瞬間的に浮かんだ懸念材料を口に出してみたが、麗羽に尽く論破?された。


「ふふ……」

「な、何だよ」

「随分と可愛い質問しかしないから」

「だ、大事なことだろ!」

「一個目の質問以外、正直くだらないわ」

「ひでぇ……。まぁ何も思い付かなかったというのはある。現時点でも寝泊まりやらしてるから、そこからあんま変わりなさそう」

「そう思っている時点で、それだけ私達の同棲生活を阻むものが何もないということよ」


 本来は登校していなければならない時間帯。


 その時間にのんびりと食事をしながら、中身の無い話をしながら穏やかに過ごす。


 この背徳感を、自分の好きな人と共有出来ることの幸せを二人で噛み締めていた。

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