第18話

 彼女が眠りだしてからしばらくの時間が経過したが、状況は変わることがない。

 眠りだしてからそれなりの時間が過ぎても、悟を離さまいとするの腕はしっかりと体をロックしている状態であった。


「晩飯、どうするかなぁ……」


 頃合いを見て、一度帰宅して夕食だけ摂ってからまた戻ってくるつもりだった。

 しかし、彼女にこれだけしっかりとくっつかれていると身動きも取れなければ、離れるのも気が引ける。


 母親には「戻ってから食事をする」と言ってしまっているので、一先ずどうにかしないといけないのだが……。


「悟……」


 隣では至近距離で麗羽が寝言で、自分の事をか弱く呼んで来る。


 どうするべきか色々と考えるものの、スマホも手元にない。

 身動き取れない以上、何もすることが出来ない。


「麗羽、起きてる? 悟くんもいる?」


 そんな時、コンコンとドアをノックする音とともに、そんな女性の声が聞こえてきた。


 悟が声を上げる前に、ドアノブがガチャリと回ってそのままドアが開いた。


「あ、あら! ごめんなさい……!」

「い、いえ! こちらこそこんな状況で本当にすみません!」


 入ってきたのは、麗羽の母親。

 どうやら仕事が終わって、帰ってきたようだ。


 おそらく、体調が悪い自分の娘のことを心配して様子を見に来たのだろう。

 そこに、彼氏とベッドインしている光景が目に入る。


 そして、この状態を目撃された悟自身も、飛び上がりそうな気持ちになる。


「ううん、ありがとうね。麗羽の横に居てくれて。この子ったら、幸せそうに寝ちゃって……」

「……悪夢を見た後はずっと緊張状態で、一睡も出来てなかったみたいですね」

「うん。朝、真っ青な顔でフラつきながらリビングまで出てきたからね。……もう何度も見たけど、慣れるものではないわね」


 普通であれば抹殺されるレベルの案件だが、麗羽の母親も諸々の事情を把握している。

 そのため、こうして横で寝ていることも今回が初めてではないわけだが。


(それでも、こんなの慣れるわけ無いんだよなぁ……)


 普通に添い寝しているだけで、行為をしているわけではない。

 だとしても、これほどこの状況を目撃されて平常心で居られる訳もない。


「悟くん、今日もこうして麗羽と居てくれるの?」

「はい。母親にも許可は得てます。この感じだと明日も引きずりそうなので、自分も休んで横に居たいと思ってます」

「いつもそうしてもらってて今更だけど、本当に休んでもいいの?」

「自分は全く問題ありません。別に授業は受けなくても、自分で勉強出来ますし。それに授業を受けたところで、落ち着かなくて浮ついた気持ちでしょうから」

「……本当にありがとう」

「……いえ。叔母様も、大丈夫ですか?」


 横になっている状態で、彼女の親と話すという異様な時間だが、話はそのまま続く。


「うん、大丈夫。ちょっと仕事が忙しいのだけれども、今は落ち着いてるから。……私の心配までしてくれるのね。本当に悟くんはすごいね」

「それほどのことでは……」


 思わず出た言葉だが、高校生である自分の立場を考えると、大人の事を気にするなど行き過ぎた言動のように感じ、軽く後悔した。


「ご飯とか大丈夫? まだ食べられてないでしょ?」

「一応、食べに一度戻ろうってことにしていたんですけど、彼女がよく眠っているので……」

「でも、食べないというわけにもいかないし……。 やっぱり麗羽に一度起きてもらった方がいいんじゃないかしら?」


 悟自身としては、麗羽第一優先でとにかく安眠してもらいたいところ。

 しかし、麗羽の母親からすればいくら何でもご飯も食べずに横に居てもらうことも気が引けるのも、悟自身よく分かっている。


 どうするべきか。もう一度だけ、頭を働かせてみる。


 すると、ある一つの考えが浮かんだ。


「すみません、ここに持ってきて食べてもいいです?」

「え、ええ。もちろん良いけど、取りに戻るの?」

「いや、そうではなくてですね……。申し訳ありません、そこにあるスマホを取ってもらえませんか?」

「うん」


 そう言うと、麗羽の勉強机の上に置いてあったスマホを取って渡してもらった。

 そして、悟は素早くある相手に電話をかける。


『あいあい、こちら最強の妹。愛を深めているであろうこの時間に、一体どうしたし』

「すまん、麗羽が安眠中で動けない。千紗・イーツお願いしたい」

『麗羽姉ちゃんが安眠してて、兄さんが動けないってどういう事……? ハッ……!?』


 面倒なことに、今の状況を瞬間的に理解してしまったらしい。

 こういうところの察しの良さは、異常とも言える。


『もっと詳しく教えてもらってもいいっすか? つまり、麗羽姉ちゃんが抱きつきながら寝てるってこと!?』

「そういうことだから、取り敢えず晩飯適当に包んで持ってきてくれ! 麗羽を起こしたくない」

『その任務、任された。出来るだけ早く用意して持っていく! あと、麗羽姉ちゃんも食べられそうなものも一緒に持ってくー』

「それは助かる。後はお前のチョイスに任せる」

『了解。麗羽姉ちゃん起こしそうだから、もう切る。暫し待て』


 状況を察してから、明らかに気合が入っている。

 面倒なこともあるが、こういう時に精力的に協力してくれるところは、把握されていることもプラスに働いている。


「妹に、ここまで適当に持ってきてもらうようにお願いしました」

「ご、ごめんね。本当に……」

「いえいえ。こちらこそ勝手なことばっかりしてすみません」


 何とか妹の協力により、麗羽から離れずに食事を確保する算段を立てることが出来た。





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