第17話

「かなりの高熱だな……」

「今日一日休んで、それなりに下がったと思ったのだけれども……。意外と自分では正確な体温なんて、分からないものね」

「だから体温計でこまめに測りなさいよ……」

「ふふ、愛しい彼女が高熱に魘されてるってことがよく分かったでしょう?」

「そりゃあ、手とおでこという部位二つで測って熱いなら確実だろうな」


 おでこをくっつけたまま、至近距離でいつもと変わらないやり取りをする。

 普段は、途中の電車からそれぞれの家に戻るまでたくさん会話をすることが出来る。


 それが出来ないだけで、麗羽はもちろんのこと悟ももどかしい気持ちを覚えているわけで。

 そのため、これだけ至近距離でくっつけ合ったままやり取りをしている。


「ねぇ、そんな高熱を出してる可哀想な彼女から一つ、ワガママ言ってもいいかしら?」

「何だ?弱ってるみたいだし、聞いてやるよ」

「……キスして」


 ワガママと言われた時点で、それなりのことを言われそうだと考えていた。

 だが、思っていた何倍もストレートな要求が飛んできた。


「おいおい、それはどうなのよ」

「良いじゃない。熱と言っても、風邪とかインフルエンザじゃないんだから……」

「まぁ確かに感染るようなものではないな」


 確かに、感染症ではないのでそういうことをしても問題なさそうではある。


「しゃーないか。じゃあ……」


 既にキス一歩手前という状態なので、どちらかが少しだけ動かすだけ。

 そのため、悟の言葉が終わり切らないうちに麗羽の方が先に動き出して唇を重ねた。


 手、額、唇と三箇所から彼女の体温を測る事になってしまう形となった。


「ふ、普通に元気じゃね?」

「ふふ。あなたとキスすると、やっぱり落ち着くし幸せを感じる。この高熱に対しても、良いお薬になりそうだわ」

「もうやべえ薬物扱いなんだよな……。普通に解熱剤飲んだほうが良いだろうよ」


 彼女の高熱は精神的なものから来ているので、確かにこれで落ち着いたりするなら、あながち間違っていないとも言えるが。


「……」


 そんなやり取りの後、少しお互いに無言になる時間が訪れた。

 すると、先程までいつも通りの雰囲気の麗羽であったが、表情が曇りを見せた。


 その表情の変化に、悟が気がつくと同時にグッと悟の体が麗羽の方に引き寄せられた。


 キスしているうちに悟の首に腕を回していたようで、そのまま自分の方へと引き込んだことによるものであった。


「……ごめんなさい。このままで居て欲しい」

「……ああ、問題ない」


 先程までいつもと変わらない雰囲気を出していたが、悟を抱き寄せるとそのまま胸元に顔を埋めた。


 どんなに平気そうに取り繕っていても、やはりかなりの負担がかかっていたようだ。


「……しんどかったな。未だに、あの事はお前を縛り付けるんだな」

「みたいね。でも、あの悪夢を何度見たとしても、あなたが必ず助けに来てくれる。夢の中だというのにね」

「え、昨日も俺ってヘルプ行きましたっけ?」

「ええ。颯爽と来てくれたわよ」

「まじかよ。俺なんて昨日はいびきかいて爆睡してたんだけどなぁ……?」


 悟としては、あんまり話が重くなるのもどうかと思ってわざとそんなふうに答えてみた。

 しかし、いつものようにキレのある返事は返って来ることはなく、黙ってより腕に力を込めて悟を限界まで近づけようとしていた。


「……今日はもうずっと一緒に居てくれると思ってよいのかしら?」

「ああ、そのつもりだ。加えて、明日になっても体調が良くならない場合は、俺も休むから」

「……いいの?」

「いいのって……。お前いつも俺のことをしっかり振り回すくせに、何でここで気にする?」

「それもそうね。じゃあ、お言葉に甘えてみんなが授業に勤しんでいる間、私は愛しい彼氏を独り占めしてうたた寝するとするわ」

「それでいいんじゃね? 俺もここ最近ずっと寝不足感じてるし、シンプルにサボりたい。それと、この時期の平日に一日横になってゆっくりする背徳感を味わいたい」

「それも、最高にいい女を横に侍らせてね」

「自分で言うのか……」

「事実でしょう?」

「はいはい、そうだな。ってか、それぐらいの口を利く元気が出たなら、ちょっと寝ろ。このまま横に居てやるから」

「ええ、そうするわ」


 悟からの促しにすんなりと頷いた麗羽は、そのまま目を閉じた。

 少しすると、静かに寝息を立てて眠り始めた。


 今日一日、麗羽はずっと横になって休んでいたに違いない。


 だが、こうしてすぐに寝てしまったところを見ると、気が張ってしまってまともに休めていなかったであろうことが容易に分かる。


 それと同時に、自分が隣に居ることで彼女が落ち着いてくれていることも分かり、ホッとする。

 しばらく彼女の頭を撫でながら、眠る姿を見守る時間が続いた。

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