第16話

 麗羽が欠席しているこの日も、授業は進んでいく。


 一人の生徒が休んだところで、校内の雰囲気が大きく変わるわけでもない。


 だが、悟だけは違う。


「はい、じゃあ次の問題の答えを言ってもらおうかな。この問題は難しめだから……。よし、高嶋ならいけるだろう。答えてみろ」

「……」

「ん? 高嶋、分からないのか?」

「……え、すみません。ぼーっとしてました」


 麗羽が体調不良で休んだ事を知ってからというもの、悟はずっと上の空状態になっていた。


 そのため、指名されたことにも気がついておらず、返事もしていなかった。

 気がついた時には、周りの生徒からの視線を集め、軽く恥をかく構図になっていた。


「高嶋が集中してないの珍しいな。気を抜くなよ〜、問15の答えだ。いけるか?」

「はい。答えは4です」

「ん、ちゃんと出来てはいるな」


 普段から「ちゃんと授業を真面目に受けている」ことと、「成績もいつも上位にいる」という事実のおかけで、あまり叱責こそされなかった。


 昼時間に入り、ふうっと息をついて伸びをした。


「おいおい、瑠璃と夜更かししちゃったか?」

「そんな遅くまでやり取りしてねぇよ。ってか、寝不足って話に限れば何時でもそうだがな」

「確かに、寝る時間あんま取れねぇよなぁ。ま、お前にも集中出来ない時くらいあるよなぁ」


 話しかけてきた征哉も、欠伸をしながらそんな事を言った。


「あるに決まってる。いつも適当に誤魔化してるだけだぞ」

「マジで? 俺なんて誤魔化してるつもりなのに、いっつもバレて怒られるけどなぁ……?」

「鍛錬が足らないのでは?」

「すまん、それ何の鍛錬なのかよく分からない」


 ほぼ何も考えずに脊髄反射で話を続けた結果、征哉に割とマジで突っ込まれてしまった。


 何もかもに全く身が入っていないことを、改めて悟は実感してしまう。


「すまん。ちょっと所要思い出したから、出てくるわ。先に飯食っててくれ」

「あいあい」


 征哉にそれだけ伝えると、足早に教室を出て校舎からも出る。

 そして、誰も用事がなければ来ないような校庭の外れの方にまで足を運んだ。


 そして、ポケットの中に入れていたスマホを取り出して、ある人物に連絡を入れた。


『もしもし、悟?』

「ああ、母さん。こんな時間にごめん」

『確かにこんな時間にかけてくるなんて何かあったんだろうけど。聞くまでもなさそうだけれども、麗羽ちゃんのことね?』

「……ご明察。また魘されてるらしい。横に居てやりたいんだけど、いいかな?」

『分かった。晩御飯とかはどうする?』

「食べにだけ戻るよ。で、明日なんだけどさ……」

『……分かってる。休むなら、また明日の朝に母さんに言ってくれれば良いから。ちゃんと成績も残してるし、何より麗羽ちゃんにとってあんたが一番の薬になるんだろうし』

「……ありがとう」

『あちら側に失礼のないようにね?』

「うん」


 悟と麗羽の関係は、妹だけでなく両親も把握していること。

 何故そうなったかは麗羽が今、夢としてフラッシュバックして魘されてる『あの時』の事が理由であったりする。


 もちろん、体の関係まで持っていることなどは言っていないが、自分自身の変わりようや関わり方から見てバレている可能性は高いが。


『さ、要件は分かったからさっさと教室に戻りなさい? スマホ触ってるのバレたら、没収されて居残り説教とかでしょ? 麗羽ちゃんのためにいつも通り授業を受けて帰ってくる。いいね?』

「うん。それじゃあ」


 母親の理解の速さに感謝しつつ、スマホをポケットの中にしまって教室へと戻った。



 ※※※


 放課後、すぐに麗羽の元に向かうことが決まった悟は、いつもの集中力を取り戻して午後の授業を乗り切った。


「わり、ちょっと今日は急ぎだから先行くわ! 部活頑張れよ!」

「おお、そうか。頑張ってくるぜ!」


 征哉にひと声かけてから、悟は一目散に教室から出てそのまま駅へと向かう。

 急いだところで、乗り換えなどで結局いつもと同じくらいの帰宅するまでに時間がかかる。


 それでも、悟としては落ち着かない心を紛らわせるためにも、クラスメイトなどの顔なじみから様子がおかしいことを悟られないためにも、急ぎたい気持ちが強くなる。


 そして、最寄り駅にたどり着くとそのまま早足で麗羽の家へと向かった。


 いつもは彼女と一緒でやり取りをしながらなど、ゆっくりした足取りになる。

 だが、こうして悟一人で麗羽の家に向かう時は、こういう彼女が体調不良など良くないことが起きていることが多く、早足になる。


 彼女の家に着くと、悟は早速玄関にあるインターホンを押した。


「は、はい……」


 しばらくの間の後、弱々しい声とともにゆっくりとドアが開いて顔色の良くない麗羽が顔を出した。


「またあの悪夢を見たのか?」

「ええ。最近は見なくなったと思ったのだけれども……。久々だった分、反動が大きいわ」

「分かった。とりま部屋に戻ろう」


 このままの状態で話を続けるのは、彼女の体調を悪化させかねないので、一先ず一緒に彼女の部屋に入ることにした。


 そして彼女をベッドに戻らせてから、話を進めることにした。


「おばさんは? 今日も仕事?」

「ええ。シフトの関係上、どうしても休めないらしくて。まぁ私としては寝てるだけだから、全然構わないのだけれども」

「そか。その代わりというわけじゃないが、ここからは俺が居る。なお、親も承認済みだ」

「……叔母様にご迷惑をおかけしてしまったわね」

「んや、うちのオカンはお前のことになると『何でもOK』になるから問題ない」

「なら、後日お礼に伺うということにして、今はご厚意に甘えるわ……」

「おう、そうしろ」


 あらかたお互いの親事情の話も済んだところで、改めて麗羽の体調についての話に戻る。


「熱はどうなんだ。まだ下がらないのか?」

「どうかしら?」

「どうかしらって……。測ってないのか?」

「良ければあなたが測ってくれない?」

「いや、そこに体温計ありますやん……」


 しっかりと麗羽の枕元に、体温計が置いてあるのが確認できる。

 しかし、彼女はそんな悟の突っ込みを聞き入れている様子はない。 


「ああ、もう! 俺が測れば満足なんだろ!?」

「ええ、お願いするわ」


 悟は麗羽を前髪を少しだけ上げて、彼女の額に手を当てた。

 手の体温よりも遥かに熱く、まだ熱が下がりきっていないことがよくわかった。


「まだ熱いな。朝とかもっと辛かったんだろ?」

「そうね、朝というか夢を見た直後は最悪だったわ」

「だろうな……」


 今でさえ、かなり参っているように見えるのだから、相当辛かったことは容易に想像できる。


「で、私の体温は正確に分かったのかしら?」

「え? そりゃまぁまだそれなりに熱があるってことぐらいは……」

「それでは情報不足だと思わない? 愛しい彼女が高熱を出しているのよ? 他の測り方でもっと正確さを出したいと思わない?」

「……何をしろと?」

「ふふ、以前やってくれたじゃない。それも、あなたが自発的に」

「……思い出したわ。あれは、あの時一番カッコつけたかっただけで……」

「ギザだったけど、とても嬉しかったのよ? 今回もしてくれるとちょっとは元気になるのだけれども?」

「うっ……」


 こう言われてしまうと、引き下がれなくなる。

 悟はため息を付いた後、静かに麗羽の額に自分の額を当てた。


 十分すぎるほど、彼女の額から熱が伝わってくるのを感じた。





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