第15話
悟が対人関係で頭を悩ませていると、あっという間に深夜となる。
「やべ、もう寝ないと明日が保たない……」
気がつけば時計は既に0時を過ぎていた。
朝も登校時間のことを考えてそれなりに早く起きなければならないし、本当に時間がない。
部活をしていたら、帰って勉強するだけでも時間が足らないし、とても休憩する時間もない。
「高校生ってきっついなぁ……」
部活をしていない悟の口から言うようなことではないが、思わずそんな事を口にしながら消灯した。
その同時刻、麗羽は既に眠りについていた。
そして、とある夢の中に囚われていた――。
「ここは……」
何もないただの空間。
そこにただぼんやりと立つ自分の姿がある。
「―見つけたぞ、麗羽」
「!?」
その声に、麗羽は思わず飛び上がってしまった。
どうしてこの声が、今になっても自分の耳に届いてくるのか。
もう聞かなくて良くなったはずの、最も聞きたくない声が響き渡ってくる。
そして、自分の視界に広がる空間に黒く大きな影が現れて、麗羽の元にゆっくりと近づいてくる。
あくまでも影なので、顔などは分からない。
でもそれが、麗羽にとっても最も恐ろしい存在であることは、彼女自身が一番良く理解している。
「な、何でここにいるの……」
「◯◯である俺の言うことが聞けないのか! ったく、躾が必要なようだな……」
「い、嫌だ……」
思わず後ずさる麗羽に、影は容赦なく近づいてくる。
そして麗羽の腕に影が触れた瞬間、実体を持つ者かのように、しっかりと掴まれる感覚がした。
「ちゃんと躾けないとな。俺の言う事を聞くようにな。なぁに、心配することはないさ。お前の顔は良いからな。何をしたって都合のいいようになる」
この影を通して、改めて自分の事をどう思っていたのか。
その事実を1ミリも知りたくないのに、嫌というほど理解が出来てしまう。
理解が進めば進むほど心が壊れそうになり、泣き出したくなる。
「俺のためになってもらうからな。なんたって俺はお前の◯◯だ。それなりにしてきてやったこともあるだろ? ◯◯◯ってやつを、お前も俺にしていく時期だと思うがな?」
「あ、あなたなんか私の◯◯じゃない……」
それは紛れもない事実。
だが恐怖や絶望が支配して、思ったように声が出ないし、震えている。
「じゃあ尚更、今からやる躾だって何ら問題ないよなぁ!? ◯◯じゃないってことは、■■じゃないってことだもんなぁ!?」
「っ!」
影が麗羽に覆い被さろうとした瞬間、麗羽はグッと目を閉じた。
しかし、何も起きない。
更には強く掴まれていた腕も、その感覚が無くなっていた。
一体、何が起きたのか。
麗羽は、恐る恐る目を少しずつ開いていく。
「何だ、お前は?」
「――さない」
開かれた視界には、影の腕を強く握りしめ麗羽に襲い掛かろうとする動きを止めようとする新たな存在が現れていた。
そして、その存在は影のようにはっきりしないものではなく、いつもそばにいてくれる時と変わらない姿をしている。
「悟……」
思わず麗羽の口から声が漏れたが、その存在は名前を呼ばれても振り向くことはない。
ただ、ジッと影を睨みつけている。
いつもの気怠げで、ちょっとしたことに参ってしまうような表情ではない。
「■■の問題に口を出す気か? ガキが」
「■■だとするなら、こんなことを彼女にするわけがない。お前のその最低な欲望のためにその言葉を盾にすんじゃねぇよ」
「こ、こいつ……!」
悟らしき存在と、影は激しく言い合いを続ける。
しかし、冷静さが一貫して全くない影は、次第により激しく苛立つようになった。
「ヒーロー面したカッコつけ野郎が……。ぶち殺すぞ!!」
遂に限界を迎えたのか、怒鳴りつけるようにして恐ろしい言葉を吐く。
それを聞いて、麗羽はまた震えが止まらなくなった。
何故なら、影としているこの存在は、この発言をした後にいつも恐ろしいことをしていたからだ。
その度に、麗羽は目を閉じて耳を塞ぎあらゆる感覚から伝わる惨状から逃げ出そうとした。
今回も思わず目を閉じて、耳を塞ごうとしたその時――。
「やれるもんならやってみろよ。お前からこの子を必ず守りきって見せる」
麗羽の耳に悟の力強い声が響き渡った。
そして、目を閉じるのを止めてしまった麗羽の視界に、悟らしき存在が影に殴られる光景が映った―。
「っ! はぁはぁ……」
次の瞬間、麗羽は本当の意味で目を開けて飛び起きた。
時刻は午前三時頃、部屋は真っ暗になっている。
「ま、またこの夢……なのね」
悟と麗羽を今の形に作り上げる最も大きな要因だった、あの時の夢。
それは麗羽にとっては恐ろしい出来事の一端であり、その出来事の終焉とも言える。
あまりにも強烈に刻み込まれた記憶が、こうして何度も夢として浮かび上がってくる。
「さ、最悪ね……」
おぼつかない動きで部屋の電気を付ける。
寝間着は汗びっしょりとなり、激しい頭痛とめまいが襲い掛かってくる。
「なんて顔、してるのかしら……」
もはや生気が抜けきった顔と自分で言いきれるくらい、血の気のない顔をしていた。
見る人が見れば、幽霊だと言われても仕方がないと自ら思ってしまうほどに。
「これは……明日ダメね」
自分の体で実際に感じる感覚と、鏡越しに見る自分の姿から、とても数時間後には学校へ行けるとは思わなかった。
麗羽は、この夢を見ると必ず過度のストレスから異常な高熱と、それに合わせた随伴症状が伴ってしまっていた。
自ら呟いた通り、その後体調が一向に良くなることはなく、彼女は翌朝欠席した。
「初音さんは今日体調不良なので、お休みだそうです。みなさんも体調管理しっかりね〜」
「……また見ちまったのか。あの時の夢を」
担任から麗羽が体調を崩したことを聞いた悟は、当然の如くその真意を察していた。
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