第12話

「しんどい……」


 結局、想定していたような事態が起きて、昼の短時間で悟はどっぷりと疲れ切ってしまった。


 別に正体をバラされたわけではないので、結果的に無傷だが無駄にハラハラすることになった。


 しかし、この件で彼女を責め立てたところで「あなたが勝手にハラハラしてるだけ」と言われて終わるだけなのだが。


 しかも、午後の授業はこの麗羽の一件があって教室内は落ち着かない雰囲気が続いた。

 その落ち着かない空気を感じた教師は、ひたすらイライラしてしまい、それも非常に苦しかった。


 ようやく放課後を迎える時には、完全に机の上に伸び切った状態になってダウンしていた。


「おいおい、随分とお疲れだな。やっぱり初音さんに彼氏がいたこともあって気落ちしたか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどな……」


 彼女が主な原因ではあるが、当然話すことは悟からすれば、とても出来ることではないのは言うまでもない。

 だが、嘘でそのまま「気落ちした」と思われて、周りに変な認識が広まってもまずいわけで。


 なので一応否定はしたのだが、何とも弱々しい声での返答しか出来なかった。


「そうか……。ま、次があるって。現に今のお前にはあの子に匹敵する美人とやり取りしてるじゃないか!」

「い、いやだから気落ちしているわけでは……」

「強がるなって。でも、気持ちの切り替えは必要だぞ?」


 返事の仕方が悪かったのか、征哉からは必死に現実から耐えようとしているやつに見えているらしい。

 ちゃんと返事をすれば良かったと後悔したが、この流れだと普通に回答しても、同じ返事が来たような気もする。


 良くも悪くも悟のことを思ってすぐに言動に移してくれる。

 それが征哉であり、悟の友人なのだ。


 ただ、ニュアンス的に悟を瑠璃とくっつけようとさせていることだけはいただけない。

 麗羽との関係性があるからというのもあるが、そもそも悟は瑠璃のようなタイプが最も苦手。


 陰キャには合わせるのがきつすぎるし、ああいう誰にでもフレンドリーだと、必ず他のよく分からない男に巻き込まれかねない。


 かと言って、最初から悩んでいることとして「仲介している征哉に不都合が起こることは必ず避ける」ということも非常に大切なところ。


 如何に「相手に興味を失ってもらうか」が、大事な要素ということは、最初から頭を悩ませているところ。


(なんつー嫌なこと考えてるんだろ……)


 普通に考えていることが最低過ぎて、自分でも嫌になってくる。


(でも、麗羽に嫌な思いだけはさせない)


 それでも、このスタンスだけは意地でも変える気はない。

 どんなに弄ばれても、どんなにヒヤヒヤさせられようが、どんなに無茶振りをされようが麗羽にとって悟が「誰よりも愛しい人」と言うように、悟にとっても麗羽は「かけがえのない存在」であることは間違いない。


 ただ、ちょっとばかし彼女の過激なスタンスに振り回されていだけで。


 だからこそ、どんなに表ではつれなくても、どんなに嫌々な雰囲気を出していても結果的にいつも彼女の思い通りになってしまうのだが。



 ※※※


「今日の言い回し、めっちゃうまかったな」

「何のことかしら? やんちゃなのに恥ずかしがり屋さんというところかしら?」

「いやいや、ってかあれはだめだ。何で俺の意志で付けてないのに、あたかもつけられたような言い方でやんちゃ扱いしてんの?」

「あら、嫌なら出てきてハッキリ言えばよかったじゃない」

「うぐっ……」


 もはや様式美のような流れだが、別にわざと彼女に主導権を握られ用しているわけではない。決して。


「そこじゃなくて、『この学校に見合うやつが〜』の件のところ。あれで大半の生徒が『校内の生徒に彼氏は居ない』って思っただろうし」

「……節穴だらけね。ここに最高の男が居て、何故気が付かないのかしら」


 周りの生徒に呆れているらしいが、何故か悟の方を見て蔑んだ顔をしてくる。

 全く納得出来ないが、一応話は続けることにした。


「辛辣な物言いだが、一応ちょっとだけ目をつけられてるからそこまで言わなくても良いのでは?」

「それも、あなたが私の希望通りの髪型や雰囲気に合わせてくれてからでしょう?」

「そう言われてみれば、確かにそうだな」

「その見た目の変化に合わせて、あなたも童貞じゃ無くなって落ち着いてるからでしょ」

「まぁ女子と話しても普通だしな」

「結局、私好みにあなたを変えたのが周りの女子にとっても好印象に映っただけ。そうならなければ、誰も気がついてないわけだし」

「うーん、返す言葉もないな。お前に変えられん限りはこうなってないだろうな」


 結局、周りの女子や征哉に「変わった」と言われたり好意的に見られだした時には、既に麗羽と関係を持っていた。


「宝石の原石を自分で磨こうとしないで、既にそこそこ光っているものに飛びつく人が本当に多いのね。だから、手にした後に些細な傷という欠点に不満を持ってすぐに手放す。または、他の光っているものにすぐに目移りするのだわ」

「独特な言い回しだが、何だろう……。すげぇ分かるような気がする」

「自分で最高に良いものを秘めていると確信したものを、自分で少しずつ理想的になるように磨き上げる。そうすれば、自分好みにも出来るし、傷などがあってもそれすら愛着や親しみとなるものよ」

「あれ、もしかしてしれっと今ディスられました?」

「ええ。強いものを持っているのに、いつまでも弱そうにするのはいささか残念だわ。まぁそれも可愛いのだけれども」


 しれっと欠点についても触れられたが、彼女の言葉通りそれも「愛着や親しみ」となっているらしい。


「だからこそ、私が磨いて輝き出した宝石を他人が欲しがっても渡すはずもない。今後も更に私が磨いて生涯大切にするつもりなのにね」

「言い回しが独特とは言え、そこまで言われると小っ恥ずかしいって……」

「ふふ。褒めてあげているのだから、素直に受け取ればいいのに」


 珍しく表向きの彼女から面と向かって褒められると違和感がする。

 それでも、悪い気は決してしないのだが。

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