第11話
「は、初音さんに彼氏居るってまじかよ!? 全然そんな噂すら聞いたことなかったのに……! 悟、お前も初耳だろ?」
「ん、まぁそうだな」
「おいおい、お前も初音さんの事が気になってたんじゃないのかよー」
そんな征哉の指摘を受けて、思わずハッとしてしまった。
恐れていた事態になり、頭が回って無くて素っ気ない返事をしたが、この反応では征哉から不審がられるのは言うまでもないこと。
「まぁ何と言うか……。あれだけ人気なら居るって言われたら、すんなりと受け入れてしまう自分が居るんだよな」
「なるほど、それは一理あるな!」
こうなってくると、周りの状況に加えて征哉に対する反応、そして麗羽が何をしでかすか分からないので、三つの要素に気を配る必要がある。
何でこんな事になってしまったのかよく分からないが、今の時間をやり過ごすのが高難易度化したのは間違いない。
「しっかし、あんなクールな美人にあんな露骨にイヤらしい事をする彼氏……。一体どんなやつなんだろうな?」
「……さぁ、想像もつかんな」
「すまん、それはここにいる自分だ」何て言えるはずもない。
あと、イヤらしい事をしているのは認めるしか無いが、こちらから進んでやったことではない。
(容疑者とか被告人が事情聴取で、こういう言い分する人の気持ちがちょっと分かるような気がする……。同じようなことであるかは分からんが)
「やだなー、これでチャラいイケメンとかだったらまじキツイ」
「案外そうかもな」
すまん、そんな存在とは対極側にいるやつが彼女の彼氏なのだ。
だが、何と言って反応すれば良いかも分からなかったので、適当に肯定しておいた。
「うあ、脳が破壊されそ……。ってか、ああいうタイプこそ、チャラいの溺愛しちゃうみたいなのマジであるんかなぁ」
チャラいのがどうとかいうことではないが、溺愛という言葉に相応しいくらいの想いはぶつけてきている。
(って、何で征哉の疑問を頭の中で整理してんだ俺は……!)
悟は自分自身を思わず突っ込みたくなったが、そうでもして気を紛らわせていないと落ち着かない。
「で、麗羽の彼氏ってどんな人なの〜?」
「ふふ、そうねぇ……。こうしてやんちゃなことをする割には、すごく恥ずかしがり屋さんなのよ? まぁ、そういうところも可愛いのだけれども」
「ええ……。こんな大胆なことするのに?」
微妙に嘘と事実を混ぜながら、周りに話をしていく麗羽。
そのため、「キスマークをつけるやべぇやつなのに、恥ずかしがり屋」というただのやばい性癖がありそうな男が勝手に作り上げられている。
そのため、最初こそ意気揚々と聞いていた麗羽の友人たちも、若干困惑している。
(何故、そこまで面倒な人物像を作って話を進めるのか……。話がより拗れるだけだと思うんだが)
これもはっきりとこの関係を表にしない悟に対してのイタズラなのかどうなのか。
というか、麗羽としては本気で悟のことを「キスマークの件は関係なく、やんちゃところがある」と少なからず思っていて、全て事実として話している可能性もある。
むしろ、そうでしかないような気がしてきた。
(あいつ、良くも悪くも嘘つかねぇしな)
ニュアンスや話し方でぼかすことはあっても、嘘をついたところはほぼ見たことがない。
ただその結果として、とんでもない変態であるという事実として話が進んでいることが、悟にとって遺憾でしか無いのだが。
「ち、ちなみにその彼氏ってこの学校に居るの!?」
周りの生徒たちは、更に麗羽へ質問をぶつけていくが、遂に相手について具体的な部分に触れる内容も出てき始めた。
ただ、麗羽は昨日の時点で「悟の名前を出したりすることはしない」と言い切っていた。
果たして、どう回答するのか。
「そうねぇ……。私にとって、この高校で見合う相手が居ると思うかしら?」
「な、なるほど! もっと凄い頭が良いとか、アスリートの居る他校生か〜! まぁこんな普通の進学校で、麗羽より頭いい人居ないから見合う人なんて居ないよね〜」
麗羽の回答を聞いた時、素直にうまい答え方だと悟は、内心思ってしまった。
別に校内に居ないとは言っていないし、見合う人がいると思うか逆に尋ねているだけで、居ないと明言もしていない。
彼女のニュアンスに流されて、明らかに校内にはその相手が居ないように聞こえているだけだ。
それを真に受けた周りの生徒たちは、すぐに「この場には彼女の相手は居ないもの」という認識になっている。
(……何だかんだ、ちゃんと俺の正体を隠すことはしてくれるんだな)
「もう言ってしまえば良いのに」と口癖のように言うが、悟が色々と考えた上で抵抗感があることはしっかりと汲み取ってくれているらしい。
(……こういう印象に強く残るところ、異常に優しいんだよな)
行為をしている時といい、悟が苦手としている場面といい。
どこが弱いか、どこに寄り添えばいいかなど完璧に把握されている。
いつもは弄ばれる要素にしかならないが、甘い思いをさせてもらえる時やこうしてたまに救われたりする時だけは悪くないと思ってしまう。
ただ、そんな事を思っていた悟は、一瞬だけ彼女と目が合う時があった。
そしてその時だけ、彼女は誰にも悟られること無く意地悪そうに笑みを浮かべた。
今にも、「焦ったかしら?」という彼女の声が聞こえてきそうだと、思わず悟は心の中で苦笑いをしてしまった。
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