第8話
そんな朝から一波乱あった中でも、日常はいつも通り進んで行く。
「はーい、じゃあ新学年早々になって行われた学力テストの結果を返しまーす。出席番号順に取りに来てください」
そう言われると、出席番号順に担任教師の下に生徒が向かい、小さな帯状の紙を受け取っていく。
そこには、各科目の得点と平均点、偏差値と順位が記載されている。
「今回の学力テストは、クラスごとに内容が異なる定期テストと違って、学年統一だから学年全体で順位が出てますからねー。校内に成績上位者は張り出しもあるよ」
定期テストは、各クラスごとに科目担当が異なることもあって、内容に差異が生じているため、学年全体としての順位が出ない。
だが、こうして年に数回行われる校内模試では統一された問題が出るために、皆同じ条件ということになる。
「そして……。めでたい事にその中で一位がこのクラスから出ましたー!」
その担任教師のご機嫌な言葉に、クラスメイト達が一気にざわつき始める。
「それは初音さんでしたー! いやぁ、うちのクラスから出るなんてね。みんなも、負けずに全体でレベルアップしていこー!」
麗羽という名前を聞いた時点で、クラス内は「やはりな」という納得の声が漏れていた。
彼女は、一年生の頃からこの校内模試においてずっと一位をキープし続けていたからである。
「流石だよなぁ、初音さん」
成績表のビラをひらひらさせながら、征哉が悟に話しかけてきた。
もう成績が悪いことに開き直っているのか、他人に丸見えの状態なのだが、気にする様子は一切ない。
「だな」
「でも、あれだけ頭いいと尚更無理ゲーなんじゃねぇの? 大体、ああいう女子って『男なんてバカ』って考えてそうじゃん」
「まぁ一理あるな」
現に他人の男なんて興味が無いし、言い寄られた際に鼻で笑ってしまったことがあると何度か聞いたこともあるので、あながち間違ってもない。
「ちなみにお前の順位は?どうせそこそこ良いんだろ?」
「えっと、八位だな」
「は?お前も十分化け物やんけ……」
「いや、むしろ帰宅部で勉強に時間割けるのにこれで中位とかだったら人権無くね?」
征哉の部活事情からして、運動部より勉強に使える時間が数時間も差が出ているのは間違いない。
それなのにどっちつかずの順位など取ってしまった時には、周りの大人に何を言われるか分かったものではない。
「そうだとしても、凄すぎるけどな。学年全体で300人以上居るんだぞ?」
「ま、これぐらいは出来るから、定期の赤点対策は任せとけ」
「控えめに言って神か?」
「怠惰な俺と違って、お前は精力的に頑張ってくれや……!」
悟がそう言うと、征哉は神か仏に祈りを捧げるかのように拝み始めた。
そんな征哉の姿を見て、ここにいる学年成績八位のやつと、成績一位の才色兼備の女子が付き合っててもう体の関係まで持っていると知ったら――。
(目の前にいるこいつを失神させる自信すら湧いてくるんだが……)
垢抜けた美女と運動バリバリのイケメンが付き合っているとかいうことであったのなら、そういう関係だとしてもすっと頭に入って納得出来るだろう。
だが、この組み合わせだけは周りの頭を破裂させるくらい混乱を招くに違いない。
(って、こうして征哉の前では威張ってるわけだが……。せめて五位には入らないとな)
麗羽は成績を維持しているのに、悟は最近五位を下回り始めていた。
変動は順位が一つ二つ落ちたりする微々たるものだが、このままズルズルと行くわけにもいかない。
(気合い入れ直さないと……)
征哉と話しながら、悟はそう自分の頭の中でそっと戒めた。
※※※
「あなた、ちょっと成績が落ちてきてるんじゃない?」
「はい、すみません……。自覚あります」
帰りのローカル線車内において、悟は麗羽からお説教を喰らっていた。
「まだ一桁だから良いものの、このままじゃ次かその次には二桁になるわよ」
「いや、ほんとそれ……。ちょっと真面目にやるわ」
「ったく、中学の頃まで私をサポートしてくれる側だったのに……」
「返す言葉もない……」
今回ばかりはおちょくるとかそういうのではなく、ちゃんとした叱責。
「ったく、すぐに気が緩むのだから……。今回の私との差である七つ分、今からあなたの首にキスマークでも付けようかしら?」
「あの、マジで周りに気味悪がられるんで勘弁してください……」
何度かキスマークをつけられたことがあるが、見つかった時には「虫刺されだよ、はっはっは」で誤摩化してこれた。
だが、七つも付いてたら流石に異常事態。
使えそうな言い分は、「じ、蕁麻疹出てるかも?」ぐらいしか思い浮かばない。
それで乗り切れたとしても、蕁麻疹なら割と周りから心配される内容だったりするから容易に口に出来るはずもない。
「次からまたもち直せるように頑張るので、今回だけは見逃してください……!」
「そうねぇ……。どうしようかしら?」
必死になって頭を下げる悟に、麗羽はややニヤつき顔でいつもの拳を頬に当てて、何やら考える仕草をしている。
「……逆に、私にキスマークでも付けてもらおうかしら?」
「……はい?」
言っている意味が、すぐに理解できなかった。
「そろそろ、私も『誰かのもの』ってぐらいはアピールしても良くて?」
「うーん……気が進まないっすね」
「あら? 落ちぶれ気味のあなたに拒否権があると思って?」
「うっ……」
今回の成績の話を持ち出されると、何も言い返せなくなる。
「何、難しいことではないわ。“いつものように”してくれたら良くってよ?」
「言うな。そして、掘り返すな」
「ふふ。じゃあ、決まりね?」
「勝手に決まってしまったんだが……。まさか、七つ付けろなんて言わないよな!?」
「それでも構わないわ」
「一つだけでお願いします」
結局流されて、彼女の望み通りになる。
次こそは、きちんとするとこの時より強く決心した悟だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます