第7話

「そのダメ出しは正論として受け止めるが、その前に一つ待ってくれ。さっきサラッと流したけど、何で俺が麗羽のところに行ってたこと知ってるんだ」

「何でも何も、兄さんが別用ですんなり帰ってこない理由なんて、それ以外にある?」

「あ、あるかもしれないじゃん……」

「その言葉で無いのが丸わかりじゃん。部活してないし、外でウロウロするの嫌いだし。何もなければ、絶対に家にいるもん」


 妹の鋭い指摘に、悟は返す言葉もない。

 そもそも、友人である征哉を始めとして全員がバリバリの部活で休日もプライベート時間が全くと言ってもいいほど取れていない。


 そのため、友人と遊びに行くという選択肢が真っ先に消える。

 そして、根っからのインドアで友人にも誘われない限り絶対に一人で外に出ることもない。


 言われてみれば、妹の分析どうのこうのとかいう以前に、自分があまりもノンアクティブ過ぎるだけのようだ。


「で、兄さんの動くに至る唯一の理由。麗羽姉ちゃんの可愛すぎるお誘いくらいでしょー。ほんと私も麗羽姉ちゃんみたいになりたーい!」

「いや、それは止めとけ。っていうか止めてくれ」


 確かに、勉強が出来ることやどんな物事に対しても臨機応変に対応出来るところは、尊敬出来る。

 しかし、あんな一人の男を沼へと徹底的に落とすようなテクニックを覚える妹など、とても想像したくないのだが。


「は? 妹に対して、いい女になるなって言いたいわけ?」

「そうは言ってないが、そういうことを考えるのが早すぎるだろうよ」

「うぐっ、それは麗羽姉ちゃんにも言われたんだよなぁ……。『もっと大人になったら教えてあげるからね?』ってお預けされちゃったんだよねぇ」


 妹に対してはちゃんと空気を読んで止めたのか、はたまた今後本気で教えるつもりなのか。

 付き合っていて、完全に理解していると言い切れる部分もあるが、こういうところだけは全く分からないから怖い。


「ってか、いつの間にか麗羽と随分仲良くなってるな」

「そりゃあそうでしょ。あんな完璧な人、中々関わりたくても関われないんだから!」


 どのタイミングでこれだけやり取りをしているのか知らない。

 だが、こうしてこの二人が仲良くなることで更に自らの身動きが取れなくなるような気がしていた。


 ※※※


「はぁ……」

「何だ何だ、いきなりため息ついて。瑠璃からやり取りしたいって言われた次の日に男子でそんな反応するやつ、お前しかいねぇぞ」

「いや、何かいきなり過ぎて会話もフワついてる感覚?みたいなんだよな。どれくらいの感覚で返信すりゃ良いのかもわからんし」

「ほほう。何だかんだ色々と意識してるじゃねぇか!」

「そりゃ意識もするだろ。あんな事言われて、どう対応するべきかなんて、考えたこともなかったし」

「ということはつまり、そんな感じでもお前なりに楽しんでるってことだな? このやろ〜!」


 決して夢現状態、というわけではなく本気で悩んでいるのだが、当然それが伝わるわけもない。


「というか、すまん。またため息ついてしまった。朝、妹にもキレられたからな……」

「まぁそれはお前が悪いわな!」


 妹にも怒られたが、またため息をついてしまった。

 そんな自分に嫌気が差しつつも、朝の始業に備えるべくリュックから今日使う教材を整理する。


 そして、リュックを廊下にあるロッカーの中に半ば無理やり押し込みながら入れているときだった。


「た、高嶋くんっ! おはよ!」


 振り向くと、いつも通りオシャレに着崩した制服に身を包んだ瑠璃が声をかけてきた。

 リュックを背負っている辺り、ちょうど今登校してきた、というところのようだ。


「おはようございますー」

「昨日はその……ありがとっ。結構喋っちゃったけど、迷惑じゃなかった?」


 ちょっと申し訳無さそうに小さくなりながら、上目遣いでこちらを見てくる。


(あざとすぎるな……)


 わざとしているのか、もうこの雰囲気が癖になっているのか。

 どちらにしても、悟からすれば違和感しか無い。


 それに面倒なことが一つ。


(この人がこの場所でこういう仕草をすることで、普通に周りの人からしたら、気になるよな)


 ただでさえ、男から人気の女子が汐らしい雰囲気や仕草をしていると、大きな注目を集める。


 あまり考えたくないが、もしかするとここまで計算の内、ということなのかもしれない。

 学校内での生徒のやり取りも、小さな社会の縮図のようなもの。

 周りの雰囲気をその方向に持っていくことで、事を成すチャンスが現れることもある。


「大丈夫ですよ。ただ、ちょっと用事とかしてたら、なかなか返信出来ないこともあるかと思いますが、その時はすみません」

「ううん、全然大丈夫だから!」


 ひとまず無難な返事だけしておく。

 そんな返事にも、何度もうなづいて笑顔で答えてくる。


「そんな敬語じゃなくて良いんだよ? 同級生で同い年なんだし! タメでいこっ?」

「そ、そうですね。まぁ慣れてきて追々、ということでお願いします」

「うんっ! おっと、もう始業時間が始まっちゃう! じゃあ、またねっ」


 そう言って、瑠璃は悟に軽く手を振って自分のクラスへと向かっていった。

 悟は軽く会釈して、すれ違う彼女を見送った。


「……」


 悟は少しだけ天を仰いだあと、教室に戻ろうとした。

 その時、始業チャイムギリギリに教室に入ろうとした麗羽と目が合った。


 そして彼女は、軽く笑みを浮かべた。

 まるで先程悟に起きた出来事に、あたかも「災難ね」とあざ笑うかのように。


 というか、そうだと言い切って間違いないのだが。

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