第6話

「し、しんどい……」


 次の日の朝、悟のコンディションは最悪の状態を迎えていた。


 本来するつもりのなかった麗羽との触れ合いを、長時間してしまったこと。

 そして、征哉とのやり取りの後に彼の仲介で瑠璃とのやり取りが早速始まったのだが……。


「意外と…ってわけじゃないけど、やり取りするの難しいな」


 元々、性格としてほぼ対極ではないかという相手。

 シンプルにそういう意味で合わないだろうと予想はしていた。


 だが、そういった感じよりも何かお互いに探り探りといった感じのやり取り。

 そんなに話したことが無いので、当たり前といえば当たり前なのだが。

 悟としては、瑠璃が誰とでもあっさり距離感を詰めそうな相手だと思っていたので、いささか意外だなと思った部分もある。


「そもそも、麗羽とはこんな時期が無かったからな……」


 普通、お互いにちょっとでも意識する異性同士が話をし始める時はこういうスタートが普通なのだろう。

 しかし、悟にとっては周りにとっては普通の感覚であるはずのものが、今に至る過程と現状の関係性によって違和感があるものになってしまっている。


「どれくらいで返信したら良いかもわからない……」


 普通に付き合ってる人が居なくて、相手を多少なりとも意識してるなら秒で返せば良いはず。

 だが、今回は適度に距離を取って相手に「興味がない」という旨をやんわり伝わるようにしたいと悟は思っている。


 だが、交換してすぐにそんな態度を取るのもどうかと思う自分もいる。


「雨宮が俺のことどう考えてるかは知らんが、少なくとも俺の状況でこんなにしんどいなら、モテる人って大変なんだろうな……」


 よく男の中には「モテたい!」とか言ってるが、そういう人に限って実際にモテたらゲッソリしてそうな気がする。


 だからこそ、モテる男にチャラいのが多いのは見た目の垢抜けた雰囲気ももちろんそうだ。

 だが、こういうことに対しても良いように言えば器用に、悪いように言えば軽くラフに捉えるからモテるという状態を継続出来るのでは?と、持論すら頭に浮かぶようになってきた。


「こんな異性のやり取り一つ、色々考えて捌けない時点で、麗羽からすれば安心もするか……」


 起きて数分間で、疲労感たっぷりの悟はおぼつかない手付きで着替えを済ませる。

 そして、一階に降りて朝食の用意されてるテーブルに着く。


「はぁ……」

「朝からクソデカため息止めてくれない? マジで不快なんだけど」

「すんません」


 鋭い叱責を飛ばしたのは、高嶋千紗という2歳下の悟の妹である。

 普段は優しいが、こうして怒るとシンプルに怖い。


 その上、朝から他人のため息なんて聞きたい人はいないし、100%不愉快さを感じる。

 端的に自分の事しか考えられていないので、怒られるのも当然といったところである。


「昨日、麗羽姉ちゃんのとこ行ってたんでしょ? 何でそんなにテンション低いわけ? 遂に喧嘩した?」

「いやいや。喧嘩出来る程、俺はあいつと同等に張り合えるわけもないし」

「まぁそれもそうか。なら、愛想尽かされたわけ?」

「いや、あいつにその言葉は無いんじゃね……?」

「はいはい、朝から濃厚な惚気ありがとうございまーす」

「今の流れは俺悪くないやろ……」


 千紗は、麗羽の存在を把握している。

 そしてもれなく、悟と麗羽が付き合っていることもである。


 何故知っているかということについては、悟と麗羽が今の関係に至った経緯が主な理由ではある。


 千紗は麗羽の事をとても慕っている。

 そのため、悟が彼女と付き合うことで関わることが出来るため、麗羽と付き合っていることは「兄として史上最高の功績」と讃えられている。


「じゃあ何で溜息ついてんの?」

「ちょっと面倒なことが学校内で起きてな……」

「他の女に目をつけられたとか、そういうとこ?」

「な、何故分かる!?」


 千紗はサラッと悟の悩んでいることを見抜いてしまった。


「何でって……。麗羽姉ちゃんと会って、喧嘩もしてない。もうそれぐらいしか無いでしょ」

「女って怖え……」

「しっかり甘やかされてきて、麗羽姉ちゃんへの想いが高まっちゃってるもんね?」

「ちゅ、中学生のくせにそんな生意気な言葉を使うんじゃありません!」

「は? 私だって彼氏くらい居るんですけど」

「嘘だろ……」


 朝からサラッと衝撃の事実をカミングアウト。

 兄の情報は妹に筒漏れなのに、妹の情報は本人からカミングアウトされない限り、全く知らない兄。


「もうさ、面倒になるなら公にしちゃえば? 『麗羽は俺のものだ』くらい言えばいいのに」

「な、なんて破廉恥な言葉を! 女子中学生が使って良い言葉じゃありません!」

「まじうるさ……。それくらい言ったほうが麗羽姉ちゃん喜ぶのに」

「それは分かってるけどさ……」


 兄の茶化しも無視した真面目なアドバイスに、悟は思わず小さくなってしまった。

 確かに、麗羽や妹の言う通りはっきりさせたほうが話が早いのは間違いない。


「まだ自分に自信ないわけ? これだけ麗羽姉ちゃんに男にしてもらってて」

「何と言うかその……はい」

「なっさけなー。妹ながらにして、見た目や雰囲気、勉強や運動も出来るからちゃんとしてんなって思ってるのに。そのメンタルの弱さが全てにマイナス補正かけてるな。はどこへ行ったのやら……」


 妹はそう言うと、ジャムが滴り落ちるくらい塗ったトーストに小さく口を付けた。

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