第5話
「そろそろ、帰らないとな……」
「そうね。明日もいつも通り学校には行かないといけないから、あまり遅くなってはいけないものね」
流れるままに二人で過ごした結果、「一時間だけ」という話はどこへやら。
もうカーテンの間から差し込んでいた夕日もなくなり、外にある街灯の強いLEDの光がカーテン越しでも分かるほどの時間になっていた。
「ふふ。名残惜しいって顔をしちゃって。最初はあれだけ乗る気じゃなかったくせに」
「このままじゃ、形だけ嫌がってる一種のプレイみたいになってくるのか……」
「そうね、その時はただの変態さんってことになるわね。今でも十分そうだとも思えるけど」
「反論出来ないかな……」
「それでもいいじゃない。それに……その顔を見ると、改めて更に染めることが出来たのねって実感できる」
その麗羽の言葉にも、反論は出来るはずもない。
現に、彼女の指摘通り離れたくなくなってきているのだから。
「そんな顔しなくても、また誘ってあげるわ」
「それも、適度に期間を空けてだろ?」
「ええ。今日みたいに適度に嫌がるくらいには冷静さが戻る頃ぐらいに、ね?」
麗羽はそう言いながら、得意そうに軽くウインクをした。
普段の学校生活の中では絶対にしないようなことなので、他の人が彼女のこのウインク一つでも大きく驚くだろう。
「ってことは、またしばらくは空くってことか?」
「あら、それが寂しいならそろそろあなたの方から求めてもらっても良くて? あなたからのお誘いなら、いつでもどこでも受け入れるわ」
「いつでもはともかくとして、どこでもはまずい」
「ふふ。私は染め直しが必要と思った時に、こうして誘うようにしてるの。頻繁にしてたら、あなたの方にも耐性がつきそうな気もするからね」
「耐性って……」
「現に、こうして間を空けて誘われてこれだけ長時間求め合って、それでも物足りなくなってるでしょう?」
「うっ、それはそう……」
「そうして、少しずつ恋しくなってくる。あなたから私を求めるようになれば、もう頻繁にしても耐性とか気にしなくて良さそうだものね?」
彼女の方から誘うのはお預けでも、自分から求めるのは受け入れる。
それにもきちんと彼女なりに理由があって、きっちりと体と心を支配されている。
「甘えたい時、単純に欲望のままにしたい時。いつでもいらっしゃい。その感じだと、そのステップに至るのもそう近くないのだろうし」
「……もう少し、抗ってみせる」
「あら、そう。もしかして、誘われないと興奮出来ない質なのかしら?」
「べ、別にそうじゃないって……」
「はいはい」
そんなやり取りをしながら、もう一度だけお互いに強く抱きしめあった。
※※※
『何か瑠璃のやつから、お前の連絡先を教えて欲しいって言われたんだが……?』
「何か帰り際に呼び止められて、お前から連絡先聞いてもいいかって聞かれたからな」
『え、お前らってそんなに仲良かったっけ?』
「んや、全く。どれほども喋ったことなんて無いんだがな」
麗羽の家から帰宅した悟は、部活が終わったであろう征哉から電話が掛かってきていた。
それは言うまでもなく、瑠璃からの「連絡先を教えて欲しい」と言われたことについてである。
『で、どうしたらいい? 素直に教えていいか?』
「あー、それなんだけどな。お前的にどうなん? 突発的なことだったから、一応okしてしまったが……」
『俺的にどうなの、とは?』
「ほら、雨宮ってそもそも男子から人気だし、バスケ部内でも付き合ったりしてるから気になってるやつ多いんだろ?」
『まぁそうだな。やんちゃというか、猫みたいだな。一つに落ち着かないというか』
「それに、俺が最も苦手なタイプだからな。言い方が悪いかもしれないが、交換したところで適当にあしらうと思う。それで何か面倒な行動をするリスクが雨宮にあるなら、先に征哉のところでブロックしてもらっても構わんが」
『んー、まぁ別に表立って何か言動に出るタイプでは無さそうかな。それに苦手かもしれんが、あんな美人とも関わりたくてもなかなか出来ないから、いいチャンスじゃないか?』
「えっ…と、まぁそれはそうかもだが」
『初音さんのことが気になってるのは分かるが、修羅の道。色んな方向性を探すのもありだ』
征哉として、異性との交友関係が増えるのは単純に良いことだろうと言ってくる。
それがまた純粋な善意であるから、否定も出来ないわけで。
『それに、俺がお前らの仲介任務を放り出すと、それこそあいつに文句言われそうなんだよな……』
「な、なるほど。お前に迷惑がかかるのはダメだ。とりま仲介だけは取り持ってもらえるか?」
『あいよ。この任務、高く付くぜ?』
「……次の定期試験、これだけやってれば赤点回避出来る秘伝ノート作っといてやる」
『マジで!? うっしゃ、交渉成立ぅ!』
征哉とのやり取りを終え、悟はふぅと息をつく。
「物事を隠して生活するって難しいな……」
ただその隠したい事実を、隠しながら生活するだけではうまくいかない。
その上で、隠したい事実が存在しない前提での生活を送らなければならない。
麗羽と付き合っていると事実を隠し、独り身という体で生活している以上、こういう問題に出会うこともある。
「そういう意味では麗羽の言う通り、隠さない方が楽なんだろうけどな……」
だが、それもそれで周りから色々と言われて新たに面倒な問題が起きるのもまた事実。
そう考えると、面倒なことしか無い。
それでも、彼女との関係を止めようとは思わない。
むしろ、そのために必死に何とか立ち回ろうとしている自分がいるわけで。
「染められてるな、あいつに」
そう思ったその時、恋しさに似た「それも悪くない」という感情に囚われた。
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