第4話
人は、普段の生活の中では表に出さないような内面を持ち合わせていることがある。
身近な話であれば、ニュースなどで「あんな真面目な人が……」と言われるような人が何かの罪を犯したりすることなどがあるだろう。
表に出さない内面、つまりそれは好奇心や弱さ、劣等感やプライド、ストレスなど。
それが特定の条件により刺激され、その内面要素が肥大化することによって、初めて行動に現れるのではないか。
と、いつの日か考えたことがあった。
今日のように、彼女のベッドの上で冷静さを失う時の事を思い出した時に。
夕方のこの時間帯、彼女の家には誰もいない。
何度も足を運んだきた悟も、そのことはよく理解している。
「……っ」
カーテンを締め切り、電気もついていない薄暗い部屋の中にいた。
夕暮れの日差しが、カーテンの間から少しだけ入ってくる。
「ふふ。口では嫌がるだけ嫌がっても、ここまで来たらちゃんと求めてくれるのね」
「……口に出していうなよ」
「あなたって甘えん坊さんだものね?」
「今、極めて冷静な時間を迎えてるから、自分でも恥ずかしいくらいよく分かる……」
今の悟に起きている状態は、生物学的に男なら大半の人が経験している時間を指す。
そして、この時間ほど先程までの自分を思い返すのが、しんどい時間もなかなかない。
「最近は辛いことないのかしら?」
「……特には」
「……そう、ならいいわ」
彼女は、そう言うとそっと悟を抱きしめて優しく頭を撫で始める。
その手付きが心地よくて、思わず悟は目を閉じてしまう。
「こういう時のお前って、怖いぐらい優しいよな」
「あら? いつでも私は慈悲深いと思うのだけれども?」
「茶化すなよ。いつもはただ弄んでるだけだろ」
「それはそうかもしれないけど、それぐらい愛おしいということよ?」
「でも、それって優しさと関係ないよな?」
「ふふ、それはそうね。これは流石に私の負けかしらね?」
悟と麗羽、二人揃ってこの時間だけはいつもと性格が変わる。
いや、普段隠しているうちの内面が出てきていると言ったほうが正しいかもしれない。
「……こんな時に一番話すことじゃないって、最初に言っておく。辛いことではないが、ちょっと面倒な事が起きた」
「何かしら?」
「他クラスの雨宮ってやつ、いるだろ? 目をつけられたっぽい」
「ふふ。本当に今、一番話しちゃいけないテーマね。愛しの彼女とやることをやったあとに、他の女の話だなんて」
「うっ、悪いとは思ってる……。でも、黙ってる方がダメだと思うから」
「そうね、彼女の話は耳にすることがあるわ。男子から人気だそうね?」
「そんなやつが、俺に興味があるかは知らん。普通に征哉とか俺の知り合いで気になるやつがいるから、情報を集めたいだけかもしれんしな。ただ、連絡先を征哉から聞いてもいいかって言われたから……」
麗羽と至近距離で顔を合わせている上に、今の状況を考えたら間違いなく、今は言うべきではないということ。
だが、こうして素直に話が出来るのはこういう時間だけ。
一度表に出れば、お互いにいつものような感じになって、まともなやり取りなどあまりしなくなるものだから。
「なるほど。それで私にどうしていいかって相談したくなっちゃったってところかしら?」
「……そうだ」
何かよく分からないが、申し訳ないと感情に非常に似た何かが湧き上がってきて、思わず彼女の体に顔を埋めながら肯定した。
やはり自分は『甘えん坊』なのだな、とそこにも少しだけ先程の負の感情に引っ張られるようにして、嫌気が差してくる。
「ねぇ、こっち向いてもらえる?」
麗羽はそういうと、優しく悟の頬を両手で挟んでお互いの目が合う位置まで動かした。
「私としてはね、何の心配もしていないわ。つまり、あなたへの信頼を失うこともない。むしろ、今のあなたの顔を見ると、しっかりと私に染められているのがよく分かる」
「……」
「私に相談しなくたって、その人と波風立たないように動くつもりだったのでしょう?」
「それはそうだが……」
「それでいいのよ。そうしようと思うのは、もちろん相手が軽そうでそもそも避けたいタイプということもあると思うけど、私がいるからそういう発想になるのだろうし」
彼女のあまりにも整った顔が、いつも以上に穏やかな笑みを浮かべている。
「それに……。話しちゃいけないテーマとは言ったけれども、ちゃんと話す辺りも信頼できる点ね」
「そう言ってくれると、助かる。染められてるって言い方は、いささか不満だが」
「あら、何と言おうが染まってる。だから、あなたは最適だと思う行動をすれば良い」
信頼されているものの、彼女にコントロールされていると言わんばかりの発言には納得しない。
確かに翻弄されてはいるが、まだその段階に入っていないと悟自身は思っている。
「……それなら、もう少しだけ染める時間をもらおうかしら? 少し元気も取り戻してきたみたいだしね?」
「一時間だけって話のはずだったのにな……」
「あら、その状態で終わりにするのかしら? あなたがそれでいいって言うなら、それでもいいけれど?」
「くっ……」
先程まで別人のように優しかったが、何故かいつも通りの彼女に戻っている。
ここまで煽られると、後には引けない。
「さぁ来て。私の色に染まりにね。甘えん坊さん?」
そこから再び、二人の時間は続いていく。
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