第3話

 麗羽に終始振り回される事になった六時間目がようやく終わった。

 悟としてはやれやれと言ったところだが、まだ周りにバレないように静かにしててくれたことがせめてもの救い。


「いや、そうでもないわ……」


 その代わりというわけではないが、あちらのペースのままとんでもない約束を取り付けられたわけで。



 放課後になると、教室にいる生徒たちは一目散に部活へと向かっていく。

 

 特にこの高校では、部活をやっている人が9割を超えていて精力的だということも宣伝要素として掲げている。


 あと、どういう理論が全く意味が分からないが、2つの部を掛け持ちしている生徒もいるので、実質生徒の数に対しての所属部員数が100%を超えてるとか訳のわからないことを言っている。


 そんなアピールポイントである100%部活をしているはずの中で、所属していないのが悟である。

 運動をすることが別に嫌いな訳では無い。


 何より、学校という場に余計な時間を拘束されることが嫌というのが主な理由である。

 放課後や週末は、自分の時間として過ごす、ということにしている。


「悟! 俺と一緒にバスケ、しようぜ?」

「丁重にお断りしておこうか?」

「何だよ、つれねぇなぁー」


 征哉が漫画にあるセリフのような言葉をかけてくるが、悟はサラッと断った。

 この件も、一年の頃に悟が帰宅部になったころから定期的に行われるやり取り。


 そのため、征哉も端から悟が首を縦に振るなどとは思っていない。


「インターハイって六月とかだっけ? 練習にも熱入ってんだろうな」

「まぁな。練習が終わるの、大体八時くらいだな」

「マジか……。家に着く頃には九時ぐらいになるんじゃね」

「なるよ。そっから帰って勉強とか予習復習とか無理だっての」

「それはそうだよな……」

「というわけで、予習とテスト前の勉強は助けてくれよ? 帰宅部さんよ」

「まぁそれぐらいは部活してなくて楽してる分、お前に貢献するとしよう」

「流石、理解のある友だぜ!」

「というか、前にお前が赤点取った時に、死にそうな顔して補習受けてたの、見るに耐えんのもある」


 そして、そんな話をしながら二人はお互いの行き先が分かれるところまで一緒に歩くのがいつもの流れである。


「あれ、征哉じゃん!」

「お、瑠璃か。おっすー」


 そこに一人の女子が来て、征哉に声をかけた。


 その彼女の名は、雨宮瑠璃。

 征哉と同じバスケ部で、マネージャーをしている。


 悟自身は彼女と接点というものは無いものの、彼女のことはそれなりに知っていた。


 何故知っているかというと、彼女の異性関係の話はとてもよく耳に入ってくるからだ。

 入学してから今に至る一年間で、既にバスケ部内の男子と三人くらいと付き合っては別れたりしている。


 見た目からも分かるように、髪色は明るい茶髪で制服も着崩している。

 良い言い方をすれば垢抜けているが、あまり良い捉え方をしない人は「軽そう」だとか「ぶりっ子、ビッチ」と言いそうな雰囲気である。


 まぁ、何と言われようが男子からの人気があるのは間違いない存在である。


「高嶋君もいるんだ、こんにちは!」

「どうも」


 瑠璃は悟を下から覗き込むような仕草で、こちらに声をかけてきた。

 その仕草もあざとさ極まりないが、麗羽の行う仕草のあざとさとはまた別次元。


 麗羽は自然にやっているといった感じだが、瑠璃の場合はどうすれば可愛く見えるか計算され尽くしているようにしか見えない。


「今日も八時くらいまでやるって先生言ってたか?」

「うん。で、この土日は一日練習試合するってさ。いい相手が見つかったからって」

「マジで休みねぇな……」


 同じ部活関係者である瑠璃が入ってきたことで、征哉と瑠璃による部活の具体的話が進んでいる。


 こういう時は、黙っておくに越したことはない。


「あ、ごめん。高嶋君いるのに」

「んや。大事な時期だと思うので、きちんと情報共有はしてもらって。こいつとはいつでも話は出来るわけだし」

「すまんな、悟」

「いや、そういうことはちゃんと把握しないと駄目なわけだし。俺はそろそろ捌けるとするわ」

「そうか。じゃあまた明日な」


 その征哉の言葉に軽く手を上げて返事をして、悟はそのまま校門へと歩みを進めた。


「……待って!」

「?」


 しばらく歩みを進めた時、いきなり後ろから息を弾ませるながら呼び止められた。

 振り向くと、先程まで征哉と居たはずの瑠璃が走って近づいてきた。


「……何か?」

「その、さ。高嶋君に一つ聞いてみたいことがあって」

「聞いてみたいこと?何でしょう」

「高嶋君って、彼女いるの?」


 突然の、全く想定してない質問を投げかけられた。


「い、いきなりどうしてそんなことを?」

「い、いや。その……。どうなのかなって気になるというか」


 思わぬ相手からの、思わぬ質問。

 どう答えるのが正解なのか。


 麗羽との関係性を伏せている以上は、居ないというべきなのか。


 それとも、相手だけを曖昧にして彼女自体はいるとはっきりと言うべきなのか。だがそれをしてしまうと、今度は誰なのかということや勝手な憶測で面倒なことになりそうだ。


「征哉からは何も聞いてないんですか?」


 色々と迷った結果、気がつけば友人の名を出して適当に誤魔化しに行こうとしていた。


「何か『恋愛になると反応薄いんだよな』ってことしか……」

「まぁその言葉通りですね」

「もしかしてもう彼女が居たり……?」

「だとしたら、征哉がもっと騒ぎません?」


 すまない、征哉。

 誤魔化しにもならない嘘の回答を曖昧にするためだけに、お前の名を利用してしまった。

 後悔はしているか、ちょっと分からないが。


「なるほど……。ありがとう!」

「ではでは。部活、がんばってくださいね」

「うんっ!」


 何か誤魔化せたようで誤魔化せてないような気もするが、彼女が納得したのでそそくさと退散することに決めた。


「あの、高嶋君!」

「は、はい?」

「征哉から、高嶋君の連絡先とか聞いちゃっても良い?」


 こんな形で聞かれたら、ダメなんて非常に言いにくい。

 首を横に振る事も出来ず、ひとまず頷くしかない。


「ありがとっ!」


 彼女はニコッと笑うと、体育館の方へと引き返していった。


「やべぇ、何か面倒なことになったような気がする……」


 今日の昼の件と言い、異性から気にされることが少しずつ増えてきている。

 ただ、それは征哉から聞かされたようにあくまでも間接的にその事を知る、というレベルまででこれまでは終わっていた。


 ここに来て、こちらに直接声をかけてくるものが現れた。

 それも、男子から人気のある女子で、とっかえひっかえしているような相手。


 彼女自身がどう悟を捉えているかは知らないが、目をつけられたことは間違いないだろう。


「ひとまず、帰るとするか……」


 どう対応するかは後々考えるとして、とりあえず帰宅することにした。


 ※※※


 悟は家から高校まで、電車通学をしている。

 ただでさえ、この県内がお世辞にも都会とは言えない中で、悟の家の周辺は更に田舎。


 そんな中でも、電車だけで通学出来るのはある意味恵まれているとも言える。


 高校の最寄りの駅を出て、まずは市内中心部へ戻る。

 そして、小さな一両編成のローカル線に乗り換えて家の最寄り駅まで戻るのだが――。


「あら、今日は遅かったじゃない。待ちくたびれたわ」

「待ちくたびれたって、いつもより10分くらい遅かっただけだろ。結局、乗って帰る便はいつもと同じなんだし」


 市内の駅の中でも離れ小島のようにぽつんと端の外れにある7番ホーム。

 帰宅ラッシュよりやや早い時間ということもあって、利用者がほとんどいないこの場所で、悟と麗羽はまた合流することになる。


 この二人は、地元が同じ。

 だからこそ同じ小学校、中学校に通っていた。


 ただ、ちゃんとお互いのことを認知したのは、中学も二年を半分以上過ぎた頃なので、決して幼馴染という関係性ではない。


 こうして帰りはこの場所で合流する。

 これは高校一年の最初から、全く変わっていない。

 クラスが異なっていて放課後を迎える時間が多少ズレていても、この駅で少ない便数の電車を待つ時はこうしていつも鉢合わせになるからだ。


 そして、ここでは他の生徒がこの時間帯には誰もいない。

 だからこそ、悟もここでは麗羽と一緒に話すことも受け入れている。


「ふふ、今日は楽しかったわ。色んなあなたが見られて」

「新学期早々、こんなペースだと保たないな……」

「ちなみに、それは心かしら? それとも体?」

「言うまでもなく、どちらも何だが」

「あら、体の方は酷使したつもりはないのだけれども?」

「昼休みにしたことをよーく思い出してもらえたら、分かってくると思いますがね」

「何のことかしら? 可愛くて、健気なアプローチだと思ったのだけれども」


 それなりに非難してみたつもりだが、案の定彼女にら何にも響いていないらしい。


「どこが健気なんだ……」


 とりあえず拾い上げられそうな要素を使って、彼女に皮肉をぶつけておいた。

 すると、その言葉を聞いた彼女は、ベンチに座っている悟の隣に来て腰掛けた。


 そして、白い手で悟の頬に触れながらそっと囁きかける。


「でも、その健気な行動をすんなりとあなたは受け入れてしまう。それに……。健気さは否定しても、可愛いということは否定しないあなたも、とても好きよ」

「……っ」


 皮肉なんて軽い感覚でぶつけるんじゃなかった。

 いつも勝てないと分かっているのに、こうして付き合いが続くとこうしてなにか言ってしまう事がある。


 その度に彼女に、自分のことなのに把握しきれていないことまで拾い取られてあっという間に支配されてしまう。


「そんなに可愛らしく、優しいところを見せられるとまた『食べたくなって』しまうわ」

「だ、だめだ! さっきも言ったろ!それで金曜と土曜日にするって……!」

「そういうこちらが勝手に言ったことも、全て受け入れて気にしてくれてる」

「そ、それは……」

「だからその優しさ、今も欲しい」

「……」


 そう言った彼女は、先程と同じように再び耳元で囁く。


「一時間、だけだから。ね?」


 誰もいない辺鄙な駅のホームで、歪な高校生男女の深すぎるやり取りが静かに行われていた。




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