第2話

「じゃあ、この後は二人が前に出てきて話し合いの進行しちゃってね。決め方とかも任せるから、この時間中に何とか全部終わらせちゃって〜」


 何か丸投げしているようにしか聞こえないが、高校生なのだから、生徒間で話をつけろと言いたいらしい。


 悟としては非常に面倒なことになったが、ここでちゃんとしておかないといけない。

 何故かというと、この話し合いが伸びて放課後や休み時間を使うことにでもなれば、クラスメイトの暴動が起きる可能性もある。


 そんな状況だが、悟と麗羽は自分の席から立つと、そのまま教卓に集まって準備をするのだが――。


「……」

「……」


 二人は特に何か軽く役割分担の話をするわけでもなく、予め決めていたかのようにさっと各々の行動に移っている。


「さて、どういう形で進めようかしらね……?」


 悟はすぐにチョークを持って板書を始め、麗羽はどういうシステムで進めるのが一番手っ取り早いかを、頬を拳を当てて考え始めた。


「ず、随分とスムーズな流れだね……?」


 一見すれば、何気ない行動に見える。

 しかし、どんなに仲が良かろうが悪かろうが、こういう時には必ず一言ぐらいお互いに確認くらいは誰だって取るもの。


 だが、この二人はお互いにどちらの役割を担うべきかを把握している。

 つまり、


 そのため、まるでこうなることを想定済みと言わんばかりの円滑さに、思わず教師が驚いている。


 それも、悟は先程まで選ばれて項垂れていたわけであるから、より違和感があるのかもしれない。


「ん」


 必要な板書を終えた悟は、口を開くこと無く短い声を出した。


「では、役割を決めましょう。まず最初に、みんな第一希望を出してもらう。競合したらじゃんけんで決める。そして第一希望で役割が取れなかった人が、残った役割の中で第二希望を選ぶ…競合したらじゃんけん。それの繰り返しで行こうと思うけど、意見がある方は?」


 その悟の短い声を皮切りに、麗羽の口からスラスラと今回円滑に話し合いを進めるための案が切り出された。


 ※※※


 話し合いは30分も経たずに、すんなりと話がまとまった。


「こ、こんなに早く終わるなんて。新クラスのこういう話し合いって、これまで100%の確率で物凄く時間が掛かるんだけどな〜……?」


 担任が計算外、といった形で非常に困惑している。


 主な要因は、麗羽が提案した簡単に言えばドラフトに近いシステム回しが功を奏したためである。


「じゃ、じゃあ残った時間はみんな自習で〜。学級委員の二人は悪いけど、今日のHRについての日誌を書いてもらえるかな?」

「分かりました」


 そう言うと、悟にHRの記録用紙が綴じられた黒いファイルが渡された。

 そこに、今日の時間に話し合いした内容や決定事項、課題点を書き込むようになっている。


 早速、悟は板書と先程のことを思い返しながら記録をつけていくのだが――。


「……」

「……。何だよ」


 その横で、麗羽が頬杖をついて悟の方を楽しそうな様子でじっと見つめている。


 あまりにも落ち着かないために、あくまでも自習時間という静かな時間だが、思わず小声で反応してしまった。


「ふふ、好きな彼氏の格好良い顔を見る女がそんなに不思議かしら?」


 確かに、言葉の意味だけなら何もおかしなところがない。

 この時点で、悟は次の反抗する言葉が無くなる。


 その行き詰まりにも気がついたのか、麗羽は更に満足そうに穏やかな笑みを浮かべる。


「何となく、こうなるんだろうなって思ったよ。お前が学級委員になった時点でな」

「……その割には、違う人を選ぶかもって不安になってたみたいだけど? 思わず視線を外しきれずに目が合った時のあなた、可愛いかった」

「屈辱だ……」


 いつも勝てないとは分かっている。

 ここまで余裕を見せつけられて弄ばれると、流石に少しだけ悔しさがある。


「あら、いじけちゃった?」

「まぁいじけたくもなるわな……」

「ふふ、ごめんなさい」


 全く申し訳なさを感じていないと分かるくらい、楽しそうな笑顔を浮かべる彼女。


 そして、そのまま悟の耳元に口を近づけてそっとあることを囁いた。


「お詫びとして、今日はうちに来ないかしら?」

「っ!」


 それが何を意味するのか。

 もうこれを何度も経験した悟にとって、もちろん理解出来ることではあるが、この誘いを受けた時の衝撃には、未だ慣れるものではない。


「あ、明日も学校あるんだから無理に決まってるだろ……」

「なるほど? つまり、それは金曜日や土曜日であれば引き受けるということかしら?」

「うっ……」


 先程の囁きで、ただでさえ不足気味の冷静さを吹き飛ばされた悟に、まともな返答が出来るはずもない。

 苦し紛れの返答も、更に自分を追い込むような要素へと彼女に作り変えられてしまう。


 悟が、麗羽に身も心も完全に染められた理由。


 その一つが、この悟を終始圧倒的に手玉に取るやり取りと、定期的に訪れる彼女からの物凄い衝撃を帯びた甘い囁きとアプローチ。


 そしてこの要素が、悟が彼女の色に染め上げられていく更なる他の要因を呼び起こすことになる。


「今週の金曜日と土曜日、うちに来る前提で用意しておいてもよろしくて?」

「……今更、ダメとか言っても聞き入れないんだろ?」

「ええ。でも、そもそも断らないと思ってるのだけどね?」


 こうしていつも、彼女の囁きから抜け出せない状況が作り上げられていく。

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