第1話
まず事実として、悟と麗羽は付き合っている。
その関係性は、遡れば高校入学して間もないころから始まっていた。
ただ、その事実を悟が公にしたくないという思いから、誰にも悟られないようにこれまで過ごしてきた。
悟がそんな思いの中でいる一方、麗羽の方は『別に知られても良いのでは?』と常に言い続けている。
そのため、そのお構いなしスタンスを行動でもこうして移すことが多々ある。
これまでにない人が居ない屋上+二人の状況になるという、あまりにも限定されすぎた条件が偶然にも整ってしまったせいで、こうして彼女に攻められることになった。
そもそも一年生の頃は違うクラスだったので、校内で一緒の空間に居ることがほとんどなかったこともあって、バレるようなタイミングがほぼ無かった。
しかし、二年生になってこうして同じクラスになったため、悟としては彼女がどんな行動を起こすのか、今から戦々恐々としている。
「だ、誰にも見られてないよな……?」
「どうやら、あなたのお友達は本当に撤退していたみたいね。本当に純粋な思いで二人にしたかったのか、それとも他の人にタレコミを優先したか。または、思った以上にあなたに興味がなくてすんなり帰った。この三つのうちのどれかね」
「うっ……。一つ目の選択肢が良いが、二つ目が正解になりそうな気がする。三つ目だと俺は心が折れる」
先ほどまで自分自身のことについて、モテるという話を始めとして色々と気にしている様子があった。
そうなると、さっき征哉が勝手に導き出した考察は、十分周りの生徒を盛り上げるだけの話題のネタになるだろう。
良き友人だと思っているが、教室に戻った後の周りの様子によっては、覚悟を決めた方が良いのかもしれない。
「一年間ずっと一緒にいるお友達だというのに、随分と信用をしていないのね」
「い、いや。別にそう言うわけじゃないけど……」
色々と今後のことについて考えていると、麗羽から鋭い一言が飛んできて思わずたじろいでしまった。
「ふふ、冗談よ。それに……。先程の彼は、私から見ても非常に良い人だと感じるわ。あなたのことを友人として大事に思っていると、私が傍目から見てもそう感じるもの」
「そ、そうなのか?」
「ええ。そもそもの話、あなたが大事にしている友人よ? 良くも悪くも他人の悪意が嫌いだし、あなたと同じで非常に純粋だと思うわ」
「……その純粋という言葉はお得意の弄りだと思っていいか?」
「そうね、半分は本心から言っているつもりなのだけれども……。確かにもう半分は弄り、ということになるのかもしれないわね。もっとも、あなたの純粋さは私が奪ったのだしね?」
「それも、無理矢理だからな?」
「そうだったかしら?」
彼女は軽く握り拳を作り、自分の頬に当てて考え込むようなしぐさをしながら「そんなこと知らない」と明後日の方向を見ながら、とぼけるようなしぐさをした。
悟的に、彼女がする癖の中ではかなりあざといのあるこのしぐさだが、非常に頭がよくクールなしゃべりと見た目の雰囲気がある彼女がすると妙に似合うものがある。
「ま、そんなことは私にとってはどう転ぼうが別にいいことであって。そろそろ戻らないと、五時間目の授業に間に合わなくてよ?」
「『間に合わなくてよ?』って……。あたかも俺だけの問題で他人事のように言ってるけど、お前も同じだろ」
「ええ。でも、ここで一緒にサボるというのなら、それでも構わないわ。別に怒られようとね。何なら言い訳として、『体調悪かったです』でもいけるんじゃない? 普段からの勉学の実績があるわけだし」
「よし、分かった。おとなしくすぐに教室に戻ろう」
悟は彼女の言葉を遮るように、慌てて教室に戻る選択肢を促した。
彼女の言っていることは口だけではないことを、悟はもう嫌というほど知っている。
普通の人が考えれば、思わず躊躇しそうなことも『自分とならいい』と平気でやってしまうのが彼女だったりする。
この性格と、話術。
そしてこの二人の関係性からして、悟はどうあがいても麗羽に勝つことは出来ないように出来てしまっている。
その後、おとなしく教室に戻った二人だが、悟は麗羽と入室するタイミングを意図的に遅らせた。
もし、話が広がってしまっているのであれば、その行動に意味など持たないのだろうが。
「……」
恐る恐る教室に入ってみたが、特に周りがこちらに注目する様子はない。
征哉も、普通に他のクラスメイトと談笑しているようであった。
「……俺よりもあいつの方が、友人のことを分かってるのか?」
それはそれでどうかと思うのと、麗羽があれだけはっきりと言い切ったのに、未だに自分は疑っていたという事実にも何か複雑な気分になった。
午後の授業が始まり、今日最後の六時間目の授業はHR。
「はい。ではこの時間は新学年新学期ということで、皆さんに前期の委員会・係活動等の割り振りを話し合いで決めてもらいますよー」
若めの担任教師が、そんな言葉を教室に居る生徒たちに伝える。
「ちなみに、前期後期少なくともどちらかで委員会の役割を必ず一回は受け持ってもらいますからね~」
そんな教師の追加事項に、「えー」と気怠そうな不満の声が漏れだす。
委員会は昼休みや放課後、ひどい場合はごくまれに土曜日の数時間を校外のボランティア活動に駆り出されることになる委員会もある。
まさに、部活やプライベートな時間を大事にしたい高校生の邪魔になる要素、と言い切ってしまってもいいようなものだったりする。
クラスの中には、本が好きで図書委員を進んでする者などはいるが、交通や美化と言った委員会は特にみんなが避けたがるもの。
早速、教室内では「どの委員会が拘束時間が少なく、楽なのか」や「競争率を見て、敢えて後期へ後回しにするべきか」などなど、ざわつき始めた。
「はいはい! 真剣に考えてくれるのは良いことだけど、先生から先にもう一つだけ! この話し合いをするにあたって、先に学級委員長だけは決めてもらいたいの。そしてその決まった二人に、話し合いを進めてもらうから」
何も役割が配分されていない新クラスで、ひとまずまとめ役が必要というのは、至極真っ当な話である。
「ということで、学級委員してくれる人ー!」
そんな元気のいい担任の問いかけとは裏腹に、教室内では先程までとは真逆で、静寂が包み込んだ。
それもそのはずで、ただでさえみんな面倒な委員会を避けたいと思考を巡らせている。
なのに、一番招集が掛かる学級委員など誰もしたいと言い始めるわけがない。
「うーん……。誰もしたくない? となると、こっちから指名しちゃうことになるけど」
教師は難しそうな顔でそう言ってくる。
しかし、結局のところそれが一番穏便に決まるとも生徒たちは知っている。
生徒間で推薦は、ただ「面倒事を押し付ける」と同意義であり、亀裂しか生まない。
「じゃあそうだな……。初音さん、やってくれないかな?」
担任はすぐさま、麗羽を指名した。
おそらく、クラス全員が「やっぱりな」と思ったに違いない。
成績が常にトップであるというところから、教師としても頼りやすいに違いないからだ。
「先生から頼まれとなりますと、断れませんね。分かりました、やります」
「ありがとう〜!」
ちょっとだけ困り顔だが、嫌とまでは感じさせない笑顔で、麗羽は教師からの頼みを引き受けた。
その様子は他人から見れば、本来の彼女といった感じなのだろうが、悟からすれば違和感しか感じない。
「じゃあ、男子からは初音さんが良いと思う人を指名してもらってもいいかしら?」
「あ、私がですか?」
そんな教師の言葉を聞いた瞬間、クラスの男子が浮足立つのがすぐに分かった。
ここで指名されれば、少なくとも『このクラスの中では一番好感触を持たれている』ということを意味することになると考えられるから。
「そうですねぇ……」
彼女はそう言いながら、クラス全体を見渡す。
その間、悟は顔を下に向けてとりあえず彼女と絶対に目が合わないようにだけしておくことにした。
それが無駄なことだと、感じていたとしてもだ。
「やっぱり、やってもいいかなって前向きな雰囲気の人がいいですよね」
(ん? もしかして、俺は選ばれない……?)
麗羽の言葉に、悟は混乱した。
てっきりすぐに選ばれるとばかり思っていた。
こうして下を向いて、如何にもやる気のない雰囲気を出しているのに、彼女はやる気のある人を選ぼうとしている。
(ど、どういうことだ? え、選ばれない?)
選ばれないという可能性がよぎりだした瞬間、何か少しだけ『普段の生活』の時には感じない感情を感じ始めた。
彼女の性格なら、迷わずここは選ぶことを悟としては確信している。
だからこそ、今の発言には大きく動揺した。
そして、思わず顔を上げてしまった。
そしてその視界の先で、麗羽としっかりと目が合ってしまった。
「じゃあ、高嶋君でお願いします」
その瞬間、いつもの悪い笑みを一瞬だけ見せて最初の想定通りの展開へと、急激に補正された。
その時、教室は大きくどよめき、悟に視線が集中していたのだが、悟としてはそこに全く気を取られないほど、へたり込んでいた。
ハメられた。
歪な関係が出来上がってそれなりの時間が経過していたので、この短い時間に弄ばれたということを瞬間的に理解したからだ。
「はい、分かりました。高嶋君、引き受けてくれるよね?」
「……はい」
麗羽の手のひらでただただ遊ばれた悟は、力無く返事することしか出来なかった。
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