15 姦才

誰もいなくなった玉座の間を見つめる紫の瞳が鈍く光った。

玉座に踏み出された白い足は、月の光に長く伸びる影を従えて、ゆっくり進んだ。

アヴェリーは飛び立ってあっという間に点になったファイサルの横顔を思い浮かべた。

苛烈な炎を持つ、愛しい夫。


「早くラシュ様を見つけてくださいませ。

あんな王らしからぬ王、あなた様が成り代わって当然なのです」


少しだけ首をかしげると、前髪が揺れ、金の簪の宝玉が鳴った。


「ラシュ様、人族など、面白くもないすぐ死ぬ生き物に絆されて

 ……馬鹿なひと」


長いドレスの裾を引き摺って、柱にもたれ掛かった。

溜息と独白が同時に出る。


「でも、ファイサル様」


すっと腕を伸ばす。

指先が捕まえられない何かを追うように、ぴんと関節を張って。


「人の事ばかり、言えないでしょう」


あなたにも人族の妻がいた。

そして、ロキという息子がいる。


「……忌々しい、あの、半分の血!」


幼子の冷たい視線を思い出し、ぞっとする。

弱い種族が産み落とした子どもだが、その資質は、ファイサルを良く受け継いでいた。

リリィに育てられたロキの力の大きさを思い知らされる。

アウディルがすでに台頭しているのに、このままロキが大きくなって、王座に興味を抱いたら―――。

魔族をも恐れさせる冷たい目をもつロキの存在は、兎に角障る。

末恐ろしい。


それでなくても、我が子以外は邪魔なのだ。

ゆくゆくは我が子が王になるために、危険因子を排除せねばならない。


アヴェリーは高い踵を鳴らして、玉座を後にした。

人影のない回廊をずんずん進む。

背筋を伸ばして、前を見据えて、進む。




「お母様!」


ちょうど自室の前まで戻ったとき、宵闇の静かな空気を震わせる叫び声がした。

俄かに発生した騒がしさに、見張りの兵がびくりと動いた。

点々と灯りがともされた長い廊下を、彼女の可愛い息子たちが駆け寄ってくる。

貧相な体に似合わぬ盛大な造りの装備を纏ったふたりの息子たち。

まるで人ではなく装備が走ってくるような印象だった。

しかし、アヴェリーは微笑んで二人を迎え入れる。


「タバス、ソルード、さあこちらにいらっしゃい」


それまでの鬼面などしたこともないように、アヴェリーは華やかな満面の笑みで二人を自室へ誘った。

アヴェリーが指を鳴らすと同時に部屋中の燭台に火が点る。

灯りに照らし出された青い髪に青い瞳。

タバスとソルードの瓜二つの顔があった。

母親以外には見分けることが困難なほどよく似ている。

他人が見分けるコツは、双子のあごにある黒子だった。

向かって右寄りに黒子があるのが、兄のタバス、左寄りにあるのが弟のソルードになる。

これまた揃いの過剰なまでの重装備は、アヴェリーが特別にあつらえた物で、国随一の職人が手掛けた一点物だった。

ふんだんな魔鉱石と金をあしらい、幾重にも防御魔法を張り巡らせられた防護服は、彼女の息子たちへの愛情と、彼らの力のなさの象徴だった。

歴代の魔族の中でも五指に入る魔術師であるアヴェリーを母に、言うまでもなく絶大な力を振りかざすファイサルを父に持つ双子は、どうしたことか、才がなかったのだ。

力無き我が子たち、故に、猶の事、アヴェリーは彼らを溺愛するのだった。


「可愛い坊やたち、まだ起きていたの?

 さあ、もう寝る時間ですよ」


甘やかしていることが一目瞭然のアヴェリーの態度に、息子たちは甘やかされることが当然のような顔をして母親を取り囲む。


「まだ眠くない。僕たち子どもじゃないからね!」

「そうだよ! お母様を探しに来たんだ!」


まあまあ、と表情を崩す母を見て、双子はさらにはしゃいだ。


「晩餐会に呼ばれなかったから、つまんなかったよ!」

「でも、晩餐会で大人の面白くない話聞かなくて済んでよかったあ」

「でも、アウディルとロキが呼ばれたのにい」

「でも、あいつらとご飯なんて食べたくないし!」


アヴェリーは目を細めて、特別にご馳走を用意してもらったと聞いたけど? と双子に言った。


「ガリア高地の野生牛のステーキだった! おいしかった!」

「スワーユル氷山のシャーベットだった! おいしかった!」


アヴェリーは代わる代わる話す双子の頭を撫でた。


「今日はふたりで寝るのよ。いいこと?」

「お母様は?」


同じ方向、同じ角度に首を傾げる子供たちに笑いかけ、少し視線を外す。


「お母様は、今日は大事なご用事があるの。

 ……とても大事な……ね」


その瞳は暗い闇を睨んだ。




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