第7話 仲間たち

 早速、領内視察の幕が開いた。


 馬車はゆっくりと領内を進んでいく。街の喧騒から離れるにつれ、静寂が広がっていく。

 領内の地をここまで通った限り、広大な農地が広がっている。人々は一心に土地を耕し、豊かな収穫を求めている様子が伝わってくる。水路がしっかりと整備され、田畑は恵みの雨に潤い、生命力に満ちあふれている。


 トルクァ様は優雅に座り窓から見る景色を眺めながら、領地にまつわる思い出話を語ってくれた。


 エディンガー領は聖王国南東部に広がる美しい土地だ。しかし、その美しさとは裏腹に、多くの地域が手つかずのまま眠っているというのが実情だった。


 その理由は複数あるようだが、中でも主要なものは南に広がる深い森にある。その森には数々の魔物が生息しており、そのため開拓や探索は非常な危険を伴うという。



 今回の視察は、これらの課題にどのように向き合うべきかを見つけるためのものだ。しかし、正直に言うと、私はその解決策に自信を持っていない。


 だからこそ、私は信頼できる仲間たちとともにエディンガー領を訪れることに決めた。


「さすがに広いですね」

 と口にすると同時に、仲間たちもその広大な領地に驚きの表情を見せている。南部の森の入り口に到着し、馬車から降りて森を見渡す。

 その森の奥深くまで進むには、確かに大いなる努力が必要そうだ。


 それにしても、この森はどこか魔法のような美しさに包まれている。木々の間から差し込む暖かな陽光が、地面に模様を描き、神秘的な光景を創り出している。この瞬間、自然との調和を感じるようで、心が静かに落ち着いていくのを感じる。


「お嬢、ここの開拓から始めるのか?」

 アロンが尋ねる一方で、ロイが口を挟む。


「おい、ロイ! お前また! その言葉遣いをなんとかしろ!」

「うるせえなあ、俺はお嬢についてきたんだ。お嬢がこれでいいって言ってんだから、変える必要なんてねえだろうが」

 とロイは慇懃無礼な口調で応じる。


 私の後ろで繰り広げられるやり取りは、ラスロメイ領での日々からおなじみの風景だった。アロンとロイ、その名前を呼ぶだけで数々の思い出が蘇る。


 アロンは大柄で筋肉隆々の体躯を持ち、ロイは細身で長身、その身のこなしは舞台人のようだった。戦闘の腕前はもちろん、彼の機知に富んだ笑顔も私の心に深く刻まれている。


 二人は騎士と傭兵として活躍し、十年前に初めて私の護衛を担当した。その時から、私たちは危機を共に乗り越え、信頼と絆で結ばれてきた。


 私の護衛という役割が終わった後も、アロンとロイは私の傍にとどまり、今も私の力となってくれている。


 私は振り返り、二人が交わすやり取りに声をかける。その声が伝わると、アロンとロイは言い争いをピタリとやめ、私に向き直る。彼らの視線は温かさと信頼に満ちており、それは言葉以上に力強く私を支えていることを感じさせた。


「ネーテア様、私たちはいつでもあなたについていきます。どんな困難が待ち受けていても」

 とアロンが言葉を紡ぐとロイも微笑みながら続ける。


「そうだ、お嬢。俺たちは味方だ。お嬢のどんな言葉であっても、その意志を尊重し支えていく」

 私は二人の言葉に心が温まり、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。彼らとの絆はただの仲間以上のものであり、信頼と友情が深い結びつきを持っていることを再確認する瞬間でもあった。


「さすがネーテアだね。ラスロメイの双竜がかたなしじゃないか」

 トルクァ様が微笑みながら私たちの会話を見守っている。私は恐縮しながらも続ける。

「あら、トルクァ様も剣の腕は相当なものだとお聞きしていますけれど」

「そう言っていただけると嬉しいが、まだまだ修行が足りません。お二人を相手に勝てる自信はないな」

 私は頭を下げて感謝の意を表現すると同時に、トルクァ様とアロン、ロイとの和やかな雰囲気に心が温かくなるのを感じた。


 その後、三人は模擬戦を行おうと活発な議論をしばらく続けていたが、

「ああ、お嬢。わりいわりい、つい話し込んじまった」

「いいえ、気にしないで。それよりもお願いがあるのだけど」


「なんなりとお申し付けください」

「なんでも言ってくれよ、お嬢」


「ありがとう。じゃあそろそろこの森の中に入ってどんな素材があるのかを見てみましょうか」

 と私は意気込んで告げ、森の中へ足を踏み入れしばらく探索ことにする。


「しかしこの場所に拠点を作らなければならないね。一番近い村から約半日かかる距離だが、流通網を整備して持続可能な生活基盤を築かなければならないな」

「ええ、その通りです。でもまずこの森にそれだけの価値のある素材があるのかを確認しなければなりませんね。アンディ」


 と私が言うと、アンディがにっこりと笑いながら応じる。


「はい、お任せください。ラスロメイ領で学んだ知識を活かして、この森の中にどんな資源が眠っているのかを調査しましょう。」

 アンディはラスロメイ領で生物学を学んでいたため、動植物の知識にも精通しており、彼女の知識が新たな領地開拓に大いに役立つことが期待されている。彼女も仲間の一人として、私たちに同行してくれている。


「アンディの知識があれば、この森にどんな生物が生息しているかや、どのような植物が育っているかを正確に把握できるわね」

 と私は期待を込めて言うと、もう一人の仲間が、

「ちょっと待ったー!! 誰も触るなよ! それはボクの獲物だぞ!!」

 と叫びながら飛び出してくる。

 その声を聞いて、私たちは驚きと笑顔を浮かべた。


「ダメよ、ユナ。勝手に行っちゃ危ないでしょう?」

 私は心配して伝えるが


「だって、こんなにたくさん珍しい動物がいるんだよ? 早く捕まえないと逃げちゃうもん」

 とユナは私の言葉を聞き流し、茂みの陰に隠れていた小動物の群れに向かって駆け出していく。


 彼女はラスロメイ領の外れの森で拾われた少女。

 私たちと共に暮らし、様々な経験を積んで、すっかりたくましく成長した。


 そんな彼女の姿を見ていると、私も負けてはいられないという気持ちが湧いてくる。彼女の前向きな姿勢や成長を見ることで、私の中にも新たなる意欲が湧き上がるのだ。

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