第5話 三年後
結婚式当日。
この国では花嫁は白のドレスに身を包み、教会で式を挙げ、純潔を捧げる瞬間が訪れる。
そして今、目の前にはエディンガー家の当主が一人立っている。
うわぁ、こんな人のお嫁さんになるなんて、どうしてこんなことになったのだろう。
不安と戸惑いが胸を締め付ける。以前の私ならば、自らの未来に興味を持たず、無関心に過ごしていただろう。しかし、今は違う。自分の過去と向き合い、真実を求める決意を抱いている。
別に見た目が醜悪とかそういうわけではないのだけれども、なんというか怖い。
私のことをまるで値踏みするような目で見てくる。
イヤな感じ!
そんなことを考えていると
「お嬢さん、なにか勘違いされているようだが私が夫になるわけではないぞ? 私はエディンガー家の当主、ルーデンス・エディンガーだ」
「え?」
驚きと困惑が私の顔に現れる。思っていたような展開とは違っていた。
「あなたは私の息子、トルクァに嫁いでもらうのだ」
「息子?! そ、そうなんですの?! 私はてっきり」
「ああ、そうだろうとも。すまないね、大事な息子の嫁になる娘さんだと思うとついついいろいろ観察したくなってしまってな」
言葉に戸惑いつつも、オヤジの説明を聞いて少し安心する。私が嫁ぎ先として選ばれたのは、エディンガー家の当主ではなく、息子であるトルクァだったのだ。
「い、いえ。失礼いたしました。あの、私、そんなにいやそうな顔をしておりました?」
「あ、していたとも。なんだこのオヤジって顔をしとったよ」
私、そんなに表情に出ていたのかしら?
でもそうね、相手が息子さんなら少しは安心できるかもしれないわね。
それにしても話してみるとこんな優しそうなおじさまなのに、どうしてあんなに怖かったのかしら?
もしかしたら無意識のうちに緊張してたのかも。
エディンガーの一族の結婚式は少し変わっていて、花嫁も花婿も口だけ出した仮面をつけて結婚式を行うしきたりなのだそうだ。
おかげで式の最中も、私はトルクァ様の顔を見ることができなかった。不思議な結婚式のしきたりに戸惑いつつも、それがエディンガー家の伝統なのだろうと理解していた。
気になったのはトルクァ様の様子だった。
式の最中、一切こちらを向くこともなく、食べ物にも手を付けられていなかった。何か考え事でもしているのだろうか。
式の最中はもちろん、ここまでトルクァ様と一言も交わしていない。私は自分が彼の家族として受け入れられるのか、不安と期待が入り混じった気持ちを抱えていた。
そして今、私はトルクァ様の部屋にいる。
この部屋の主であるトルクァ様は今年で十八歳になる少年だそうだ。
部屋に入ると、トルクァ様は窓の外を眺めたまま微動だにしない。
窓から差し込む光が彼を照らしていて、とても幻想的に見える。
しばらくするとようやくこちらに気づいたようで、ゆっくりと振り返りながら口を開く。
「ネーテア、おいで」
彼が話し始めると同時に、私の胸の奥がドクンッと高鳴る。
ああ、やっぱり。
私は確信する。
前世で見た彼だ。
その瞳は悲しみに包まれていて、私のことを思い出しているのだろうか。彼の瞳に映る私の姿が、過去の記憶と現在の私を結びつけているように感じられた。
「トルクァ様、お会いできて嬉しいです」
微かに頷きながら、彼はゆっくりと歩み寄ってくる。そして、私の手を優しく握ってくれた。
間違いない。
「あの、トルクァ様」
「なんでしょう?」
「私を、私を見たことはないでしょうか?」
いきなりすぎる質問だったかしら?
でも仕方がないじゃない、抑えきれないもの。
「ん? おかしなことを言いますね。今日嫁入りをしてきたあなたを私が見知っていると?」
「いえ、そういうわけではありません。でもなぜか、どこかでお会いしているような気がしてならないのです」
彼は少し驚いた表情を見せながらも、なんとなく理解してくれたようだった。
「おかしいですよね。初対面の方にこんなことを言うなんて。すみません、忘れてください」
「いえ、いいんですよ、気にしなくて。ではネーテア様、同じ質問をさせてください。あなたは私を見たことがあるのでしょうか?」
ええっ!?
まさか聞き返されるとは思っていなかった。
どうしよう、前世で出会ったって答えるべきなの?
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