第3話 嫁入りの選択肢

「お父さま」

「なんだいネーテア」

「あの、聖王国は今大丈夫なのでしょうか?」

「ん? いったいどうしたんだい、ネーテア。熱でもあるのではないか? お前が国のことを聞くなんて」

 なぜみんな、私が何かを聞くと熱があると思うのだろう。


「あ、いえ、別に興味があるわけではないのですが少し気になって」

 私はため息をついて答える。


「お前も大きくなったんだね、嬉しいよ。聖王国は安泰だ、何も心配はいらないよ」

 お父さまは優しく微笑みながら、私の心配を理解してくれたようだ。


「そ、そうですわよね。聖王国は安泰ですわよね、反乱なんて」

 しかし、私の心の中にはまだ不安が残っている。反乱で殺された、謎めいたあの夢が頭の中でうねりを巻いている。


「なんだって?! 反乱だと?! ネーテア。そんな話をいったいどこで?」

 お父さまの顔色が一変し、不安が増していることが伝わってくる。


 この国は聖王国。

 国教である神の教えによって統治されている宗教国家なのだ。いくら私が勉強をしていないからと言っても、そのくらいは知っている。


 聖王国は、今から七百六十三年前、オルドゥアズ教団の神官エルキーポ様が神の啓示を受けて、大陸での権勢を確立した歴史がある。それ以降、ニニラカン大陸ではオルドゥアズ教の教義に基づいて法が定められ、民はその教えに従い生きている。


 その教えが絶対であり、その法を守ることが善とされている。もちろん例外はあるかもしれないが、それが当たり前のこととして、誰もが信じている。


 私も幼い頃から聖王国の教えに囲まれて育ち、その価値観が身に染み付いている。それが私の行動や判断に影響を与えていることは間違いない。


「お父さま、ごめんなさい。朝方おかしな夢を見たものですから少し気になっただけです」

「あ、ああ、そうか。ところでネーテア。ネーテアは今年の誕生日で十四になるのだったかな? もう嫁入り先を考えなくてはならん年頃だな」

 お父さまが私の嫁ぎ先の話を始めた。


 私はその言葉に戸惑いながらも、心の奥に懐かしい記憶が蘇ってくる。

 そう、この会話は以前にもあったものだ。


 憶えているわ、この会話。

 私はここでルシャンドル家を選択したんだ。


 ルシャンドル家は王家に次ぐ地位を持つ伯爵家。代々優秀な軍人を輩出している家系で、武力に長けているという話を聞いていた。


 当時の私は無知であり、自分の力を過信している面があった。政略結婚とは言え、私の力を必要としてくれる人がいるなら喜んで嫁ぐべきだと考えていた。


 私は若く、経験に乏しい自分を持て余し、自分の存在価値を見出そうとしていた。その結果、ルシャンドル家の力や名声に惹かれ、自らの将来を決定した。


 しかしそれは、私の持つ価値観がまだ幼かったからかもしれない。自分の力だけで世界は成り立っていると思い込んでいた。

 家族や支えてくれる人々なしには、どんなに軍事力があっても本当の幸せには繋がらないことを後になって気付くのだ。


「お父さま、できれば結婚などしたくないのですが」

「ああ、私もそうできるものならそうしたいのだがね。こればかりは仕方のないことだよ。わたしたちラスロメイ家はこれでも聖王国の王族の一端を担っているのだ。王族は王族の役割を果たさなければならん」

 お父さまの言葉に、私は戸惑いと不安を抱える。


 王族としての役割。結婚や政略結婚は、私たち王族にとって重要な任務として考えられている。


「お父さま、私はまだ自分の道を見つけている最中です。結婚や役割についての決定は、私にとって重大なことです。少し時間をください。私が真の幸せを見つけ、自分の役割を見定められるようになるまで、お父さまと共に支え合い、考えていきたいのです」

「どうしたんだい、ネーテア。この間まで贅沢ができるならどこでもいいと言っていたじゃないか」

「ええ? あ、ええ。そうですわね。しかしです、お父様」

 そうだ、あの時はそう考えていた。いや、何も考えていなかった。


 確かにお父さまの言う通り私は王族として生まれた以上、役割を果たさなければならない。王族といっても公爵家の七女の私は限りなく王家とのつながりは薄いのだけど。


「それで? 私はどちらに嫁入りすることになるのでしょう?」

「う、うん。まあ今はまだ確定しているわけではないんだけどね。候補は二つ。一つはルシャンドルの一族だ。ルシャンドル家は聖王国でも古参でね、最も聖王国に忠誠を尽くしている一族だよ」


「ふーん、で、もう一つは?」

「もう一つはエディンガーの一族だ」


「エディンガーですって?!」

 私は驚きを隠せなかった。

 エディンガー家は反乱で私を処刑した一族。

 すっかり忘れていたけど、まさかこの時、お父さまが提示したのはルシャンドル家とエディンガー家だったなんて。


「どうしたんだい、ネーテア。そんなに大きな声を出して」

 胸の内で激しい葛藤に苛まれている私をお父さまは不思議そうに見る。


 ルシャンドル家は私が前回、自ら選んだ家であり、エディンガー家は私を処刑した一族。


「い、いえ、少し驚いただけですわ。で、そのエディンガー家はどのような一族なのでしょう?」

「そうだね、彼ら一族は建国時、傭兵集団だったんだよ。それが今では国の重鎮や騎士などになっている。彼らには不思議な力があってね。聖王国の守りの要になったり、時代の節目にはいつもエディンガー家が存在するんだ」

 エディンガー家の歴史と存在について聞きながら、私は心の中で葛藤を続けていた。


 エディンガー家が建国時の傭兵集団から成り上がり聖王国の守りの要となっているという話は興味深いけど。彼らが持つ不思議な力が、聖王国にとって重要な役割を果たしているのだろうか。


 一方で、私は夢で見たエディンガー家との関係、過去の辛い出来事を思い出す。処刑された私を思い返すたびに、心がざわめく。彼らとの結びつきを考えること自体が苦痛だけど。


「あの、お父さま。その不思議な力というのは? どういった力なのでしょう? それに私はエディンガー家というのを聞いたことがありませんわ」

「ああ、そうだろう。彼らは自分たちの存在を表舞台に出したがらないからね。不思議な力も、あるという話だけでその力がどんなものかは外部には伝わっていないんだよ」

 お父さまはしばらく考え込んでから答えてくれた。


「エディンガー家の一族は、かつて傭兵集団だったと言われていますが、その力がどのようにして彼らを聖王国の重鎮や騎士に導いたのでしょうか?」

「それもよくわからないんだ。彼らがどのような経緯でその力を身につけたのか、正確な情報はないんだよ。ただ、彼らの存在は聖王国の歴史に欠かせないものとなっている。彼らが持つ力は、聖王国の安定と平和を守るために大いに役立っているようなんだ」

 エディンガー家の不思議な力についての謎は深まるばかりだった。その力が一体何なのか、彼らがどのようにしてそれを身につけたのか、私には理解しがたい部分が多い。


 この聖王国で最も古い家柄の一つだというお父さまの顔は何か思案しているように見える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る