第3話 死神(タナトス)の秘密

 〖翌日・冥界〗


「ハーデス様におかれましては、ご機嫌麗しく……」

 ハーデスはモルペウスに玉座から冷たい視線を送ってきた。今更人間かぶれの仰々しい挨拶をされても興ざめするばかり、とでも言いたげだ。

「もうよい、大体が、だ。そなたは一体何のために人間界に行ってているのだ。「天使の涙(ラルム・ダンジェ)」などという、浮ついた名前の「かふぇ」を経営しているからこのような体たらくになるのだ」。

「は、恐縮至極に存じます……」

「そうわざとらしく畏まらんでよい。ワシが言いたいのは、そなたの本当の使命を忘れるな、ということだ」

「殿下、恐れながら私の本来の使命とは、正しい夢によって人間に正しい方向に導くことです。だが夢解きは時に難解なもの。人間たちの中に夢(ゆめ)占(うら)に詳しい者もおりますが、そもそも神ではない彼らは完ぺきではありませんし、解釈を間違うことも往々にしてありますれば……。特に「予定外」の命の危機に瀕している者を救うのは私の役目でもありますゆえ……」

「馬鹿者がっ!本来死神(タナトス)がが冥界に導くべき魂が、予定通り来ておらんのだ。一人二人予定外の者をそなたがここに連れてこようが何も問題はあるまい。それとも、お前には何かあの少女に肩入れする理由でもあるのか?」

「理由など。タナトスも確かに私に最も近い血族であり親族の一人です。そもそも冥界を夢魔の世界は隣り合わせの近しいもの。私がタナトスの不利益になるような事をいたしましょうか?」

 ハーデスは、ううむ、と低く唸った。

「では、訊くが我妻・ペルセポネーの消息は掴めたのか?そなたには夢魔としての仕事以外にワシの密命を帯びている。よもや忘れてはおるまいな?」

——またその話か。

 と、モルペウスは深く嘆息した。

「ですから、殿下。わたくしは何度もペルセポネー殿の母上・デメテル様に問い合わせましたが知らぬ存ぜぬの一点張りでして……。そもそも奥様(ペルセポネー)は一年の三分の一しか冥界におられぬ定め。毎年の事ですし、殿下もその点は重々ご承知の上かと」

 ハーデスのこめかみがピクリと動いた。

「やっかましいわっ!そんなことわかっておる!だが今、季節は「夏」だぞ?本来、妻が草木の枯れ果てる晩秋から冬の季節じゃ。今この季節に居ないのは冥界の女王としての責務を放棄しているとしか思えん。ただの家出と同じではないか!」

 ハーデスの唇は怒りでわなわなと震えていた。

「恐れながら……」

「そなたの『恐れながら』はもう聞き飽きた。もうよい、下がれ!一刻も早く人間界に戻り、タナトスとペルセポネーを探し出してくるのだぞ? 」

「御意」

 こうして天野朔夜(モルペウス)は人間界に再び戻っていった。



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