第15話 魔術師の事情
魔術協会
「二週間働いてもらった分のことは、教えないとね」
ヒルデがボクたちの家にやってきた。
「見学していてもいいですか?」
ボクは魔法を教えられない、といわれていたけれどセイヤに魔法を覚えさせるために、講義を見学することにした。どうせ他のメンバーが魔法を習う間は、ボクもヒマになるし……。
ただやってきたヒルデの顔をみて、さっと顔色が変わったのが、ソワだった。
ヒルデもそれに気づいたみたいだが、知らぬふりを通してミレニアとエスリに魔法を教える。
二人は元々、素質があるのでぐんぐんと上達するが、ソワはヒルデから教わる気もないらしい。
二人には過去、何かあったらしい。セイヤに教えるために、眼はヒルデから放せないけれど、ボクの意識は傍らでつまらなそうにするソワへと向いていた。
「何かあったの?」
「何が?」
二人きりになったとき訊ねると、ソワは惚けるものの、それが逆に違和感だった。
「もしかして、魔術師協会とのトラブルっていうのは……」
「はぁ……。あなた、勘がいいとは思っていなかったんだけど……。そうね、彼女とトラブルになった」
ソワは語りだす。
「彼女は勇者パーティーにも参加したことがある、優秀な魔法使い。魔術協会にも顔が利く……というか、協会と関係の深い魔法使いだった」
勇者パーティーと聞いて心が痛むけれど、今は私情をはさむべきではない。
「私は金等級まですすみ、慢心もあった。そこでもっと上のパーティーに参加することを望んだ。当時、魔術師は協会の紹介、推薦によりパーティーに参加するのが一般的で、自分で選ぶ権利がなかった」
「それを邪魔された?」
「邪魔……というか、私には早い、と。それで私は協会を抜けた。冒険者の道も諦めた……」
協会への失望感が、彼女を冒険者から遠ざけたようだ。
「再登録したとき、銅等級にしたのは……」
「魔法使いが、協会を離れて活動することはあるけれど、協会に入っていて、それに逆らって辞めた者が、また冒険者になるとどんな嫌がらせがあるか……。そう思ったから、名前を変えた」
「じゃあ、ソワっていうのは?」
「本当の名はソラ。ソラ・ワーズワース。オースタイトという名は、オーソリティーを皮肉ったものだったのよ」
皮肉なのか? ボクにはよく分からないけれど、権威主義に対してあまりよい感情をもっていないことは間違いないようだ。
「私がこのパーティーにいると知れたら、きっと魔術協会から嫌がらせがある。私はここから離れるわ」
「待ってくれ」
ボクは慌てて止めた。
「魔法を覚えようとするエスリには、ソワ……ソラが必要だ。それに、ボクが弱っちくて、みんなに迷惑をかける分、ベテランのソラにいてもらわないと……」
「エスリはすぐに魔法を覚えるわ。それに彼女はエルフで、妖精との契約は済んでいるもの。私のような魔との契約によってつかう魔法では、すぐに教えることもなくなるはずよ」
「でも、ボクの弱さが……」
「それ以上の不利益がある、といっているの。魔術協会から睨まれたら、これから魔術師を雇うときでも、他のパーティーとチームを組むときでも、魔術協会から横やりを入れられる。そうなると、大きなミッションを主導して行うことが難しくなってしまう……」
ボクは勇者として、本来であれば率先して複数のパーティーをまとめていかなければいけないポジションだ。
今後、それができなくなる……というのは痛い。でも、ここでソラを見放すと、彼女は冒険者として生きる道を絶たれるだろう。
「冒険者として復活しようと思った理由を、聞いてもいいかい?」
「私がドワーフのクォーター、という話はしたわね。私の母も長寿で、元気だったのだけれど、亡くなったのよ」
「……え?」
「冒険に行って、帰らぬ人となった……。いくら寿命が長くても、殺されたら終わりであることに、何のちがいもない。そのとき思ったの。このまま腐って冒険者の道から遠ざかり、それで人生を過ごしていくのはつまらない……と」
彼女がクォーターだから、母親はハーフ? 彼女の魔力は人由来といっていたけれど、恐らく母親はドワーフ族の血が濃いのならば、土魔法を得意としていたはずだ。
淡々と語っているけれど、冒険者として優秀だった母親が亡くなり、彼女は何を思ったのだろう? 冒険者を辞めた経緯といい、彼女の抱える闇は深い……。
「そう思って冒険者の道にもどってきたなら、こんなところで辞めていいの? やり残したこともあるだろ?」
「……ふッ」
その表情はもう覚悟を決めたものだった。ボクもこれ以上、説得する言葉を失っていた。
無理か……。そう思ったとき、ヒルデに魔法を習っていたはずの、ミレニアがもどってきた。
「ダメです‼ 絶対、行っちゃダメです!」
ソラは困惑したようだったけれど、ミレニアに抱き着かれ、パーティーに残ることになった。
それは自分が迷惑をかけた相手が、すがりついてまで引き留めるのだ。ただ禍根を残すことになったことも間違いなかった。
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