第14話 リーダー論と魔力
牛歩戦術
「牛を扱えなくて、苦労するだろ?」
ヒルデは小ばかにした様子で、ボクに近づいてくる。全く動いてくれない牛の傍らでへたりこむボクを、嘲笑うかのようだ。
「……はい」
悔しいけれど、そう応じるしかない。
「牛をどう動かすか? 考えたかい?」
「……? 叩いたり、引っ張ったり、耳元で囁いたり……」
「だからダメなんだよ。あんただって、あっち行け、こっち行け、といきなり現れた見ず知らずの人間から指図されたら、どうだい?」
「嫌……ですね」
「牛の気持ちになることだよ。そうすれば、牛の動かし方が分かる」
ヒルデはそういって、エスリの方へ行って「へっぴり腰じゃ、いつまでたっても終わらないよ!」とはっぱをかけている。
牛の気持ち……ボクも改めて、牛に語り掛けてみた。「ほら、あっちに行くと食べるものがあるから、動いて」
すると、牛も渋々という感じで立ち上がってくれた。
ボクが牛を牛舎に入れて、ホッと一息ついていると「牛も人も同じさ。相手をどう動かしたらいいか? それは相手が何を考え、どうやったら動いてくれるか? それを考えることさ」
そんなリーダー論のようなことを語り、ヒルデ婆は去っていった。
「魔力の練り方が足りない。もっと自分の中で、魔力の高まりがつくるんだよ」
「分かりました!」
エスリがヒルデから、魔法をつかう基礎を教えてもらっている。エスリはその日が初のお手伝いなのに、夕方には教えてもらえた。
元々、魔法をつかえるのだし、魔力も高いエルフ族である。魔法使いであるヒルデも教えやすいだろう……と、自分を納得させつつ、ボクは牛の世話で、堆肥をはこんでいる。
「あんたも魔力が高いんだから、色々な魔法を憶えるといいよ。系統のちがう魔法はバランスを崩しやすいけれど、経験を積めば逆に、それが強みになる。冒険者をしていくなら、必須さ」
そういって、ミレニアもあれこれと魔法を指南してもらっている。
ボクは牛が食べる牧草をはこんでいる。
確かに、ミレニアが補助魔法を憶えてくれたら、ボクがつかう必要はないのだけれど、ボクは下半身が分離したこの体を、何とかうまく動かしたいのであって、ふつうとは異なる補助魔法になるので、自分でつかいたいのだけれど……。
農場の手伝いが二週間に達するころ、ヒルデが困ったような顔をして、ボクに告げてきた。
「あんたに魔法を教えることは、できそうにない……」
「どういうことですか?」
ボクも驚いて尋ねると、ヒルデは困った顔をうかべて
「あんたの魔力の流れがよく分からないんだよ。魔力とは全身を巡る気だ。それなのに、あんたの魔力の流れは、人のそれとはちがうんだ。この二週間、じっくりと見てきたが、私にはあんたに教えることができない」
どうやら下半身が分離することで、魔力の流れ方もちがうようだ。ただそれで納得するわけにはいかない。
「何とかなりませんか?」
「あんたには二つの魔力の流れがあるんだ。そんなバカな! と思ってここ二週間、ずっと観察してきたから間違いない。あんたはお腹の辺りで、まったく魔力の流れが分離し、地から湧き上がってくる魔力が、お腹のところでとどまって、上半身へと上がっていかないんだよ」
え~ッ⁉ セイヤが魔力の流れを感じやすかったのも、そういうことか……。ボクは元々、魔力があまりないので気にしていなかったけれど、より魔力が不足するようになっていたようだ。
気を練るのは、あくまで頭だ。頭まで魔力が上がってこないから、気を練りようがない。それでボクは魔力を練れず、ヒルデにも教えようがない、ということのようである。
ボクに教えることができない代償に、エスリやミレニアが来たとき、すぐに魔法について教えてくれた……ということらしい。
みんなのためになったようで、それは嬉しいけれど、逆にボクの弱さがさらに引き立つ形になった。
何しろ、補助魔法を覚えられなかったばかりか、エスリもミレニアも、ヒルデから魔法を教わり、着実に成長しているのだから。
「セイヤと分離していることで、魔力が分断されているんだって……」
「分かっているさ。というか、分からなかったのか?」
「薄々気づいていたけれど、認めたくなかったよ。これで万事休すじゃないか。剣士としてもレベルが低く、魔力もつかえない」
「つかえるだろ」
「イヤ、つかえない……って、つかえるの?」
「オレがつかえばいい」
「……は? セイヤが?」
「オレも下半身で退屈していたところだ。女は宛がってくれないし、オマエの目を通して女体をみるだけじゃ、興奮するも物足りない。どうせなら魔法でもつかって、自分で女を……」
「どんな魔法をつかう気だよ……。でも、つかえるのか?」
「この世界の魔法について、何となくあの婆さんの魔力の流れと、二人に教える様をみていて、つかんでおいた。細かい修正は必要だが、つかえんこともない」
ボクは一筋の光明を見出していた。でも、ここからの道のりがまた大変になることを、このときはまだ知らない。
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