第13話 農場
悪戦苦闘
ヒルデによるスパルタ農作業指導はつづく……。
「ほら、土寄せはこう! 長ネギの下の方から土をかけて、日に当てないようにしないと白いところが減るだろ。白いところが減ったら、甘味も減るんだよ」
ボクは補助魔法を教えて欲しいのであって、決して農作業の講習をうけにきているのではないのだけれど、ずっとこうして農作業をさせられているのだ。
ギルドの受付嬢、ハミルが紹介を渋っていた理由がよく分かった。魔法を教える、という条件で、ヒルデは若手の作業員を欲しているのだ。そしてまんまとその条件で合意したボクのような人間を使役し、この農園を経営している……。
「騙されているのかなぁ……?」
ボクがそう尋ねると、セイヤが面白くなさそうに「あのお婆さん、魔力が高いことは間違いない」
「元魔法使いっていう話は本当なんだろ?」
「いや、現役っていってもいいぐらいの魔力量だよ」
「え? じゃあなんて引退を……」
「さぁね。でも、あの婆さん、結構な食わせものかもしれないぞ」
セイヤは何か気づいているようだけれど、教えるつもりもないようだ。ヒルデと同じで、この辺りは意地悪である。ただ、ヒルデが「後進に道を譲る」いっていた事情とは、少し違うと感じ始めていた。
ある日、ボクもたまらず「補助魔法を教えてもらえませんか?」と尋ねてみた。
するとヒルデは大きくため息をついてから「あんた、補助魔法がどういうものか、分かっているのかい?」
「体力や動きをサポートしてくれる魔法……では?」
「そうだよ。でも、例えばアンタの体力が10だとして、10倍の補助魔法がかかれば100になる。でも100なら? 1000になるだろ? 当たり前の話だが、90しかブーストがかからない状態と、900のブーストがかかる状態。どっちがいいんだい?」
「元となるボクの力を底上げしないとダメだ……と?」
「それだけじゃない。魔力とは即ち気力だ。人間の魔力はそもそも低い。それを様々な魔力の強い相手と契約したり、その力を借りたりして、魔法をつかうのさ。そのとき大したことのない人間だと、相手もなめてくるだろ? アンタの力が低いうちは、何をしてもダメさ」
「……でも、何でそれが農作業なんですか?」
「食べられるものをつくれて一石二鳥じゃないか! ほら、手を動かす」
何となく言いくるめられ、ボクはふたたび農作業をつづけることとなった。
「大変そうですね」
ミレニアがそう気づかってくれる。今日もミレニアはボクの部屋にきて、一緒に寝るつもりだ。
まるで寝物語のように、布団の中でヒルデの農場での話をしていたところである。
「回復しましょうか?」
「こんなことで、ミレニアの手を煩わすわけにはいかないよ。お金になる依頼をうけてもらっているんだし……」
「いえ、前衛がいなくてもうけられる仕事ばかりですから、回復役の私の仕事はそれほどなくて……。ソワさんが、エスリさんに指導がてら、ほとんどこなしてくれています」
「ミレニアのことを巻きこんでしまったことで、悔恨があるんだろう。ボクからも無理しないよう、言っておくよ」
ギルドで依頼をうけるのも、ベテランとして彼女が選択してくれている。ボクが農場にかかりきりなだけにあり難いけれど、きっとボクにも負い目のようなものを感じているはずだ。
彼女に一体何があって、一度引退したのか分からないけれど、金等級の冒険者まですすんだキャリアを捨てたのだ。復帰したのも、ただお金がなくなった……だけではないだろう。今も無理をし過ぎて、倒れたら大変だ。
「そういえば、明日はお休みにするそうです」
「休みも大切だから、ゆっくり休んで……」
「それで、エスリさんとお話をしたんですけど、ファルデル様が働いている農場のお手伝いに行こうかなって……」
「え?」
「元魔法使いなんだろ? だったら私も、つかえそうな魔法を教えてもらえるかもしれないじゃん?」
そういう相手じゃない……と、何度も説明したけれど、面白そうというウーマンズリーズンで押し切られた。
ソワは疲れている、という理由で参加していない。そもそも体力的にはソワも、ミレニアもあまり期待できる点はない。エスリは弓使いであるように、体力と腕力にも自信がありそうだ。
ただ、農業というのはエスリの想像を上回っていたようだ。というより、エルフであるエスリは、どちらかといえば農業をしなくても自然に生えるものを収穫して暮らしている。わざわざ田畑を耕して……とは考えていないものだ。
人族と長く接してきたエスリでさえ、ヒルデ婆の農業指導は想定外だったようで、悲鳴を上げつつ鍬をふるっている。
ミレニアはみるからに体力、腕力がなさそうなので、種の選別の作業をさせられている。
ボクは……といえば、今日は牛のお世話だ。牛という動物は、基本的に人間には敵意を向けない。そういうもの、と教えられているからだ。でも信用していない相手のことは、一向に指示を聞かない。
「ほら、こっちだよ」
引っ張っても、押しても、ほとんど動かない牛を相手に、悪戦苦闘中である……。
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