第9話 覗かざるや

   視野交錯


 ボクが目を覚ますと、隣にはミレニアがいた。

「イタタ……。どうなった?」

「ソワさんは意識をとりもどしました。魔術書に書かれた呪文を詠唱したら、意識を失ったって……」

 とりあえずホッとする。自分が発光していた……なんて思い出したくもないだろうが、後で様子を見に行ったとき、その辺りを問い詰めないといけない。

「私がここにいるのは、他でもありません」

 ミレニアが居住まいをただした。

「さっき、ソワさんに突っこんでいったとき、何か動きがおかしいと感じました。何か隠していませんか?」

「え? おかしかった?」

 冷や汗が止まらない。でも「え? そう? 焦っていたから、自分ではよく分からなかったよ」とごまかす。

 そのときはそれでミレニアも引き下がったけれど、不自然さは感じさせてしまったかもしれない。


 ソワの部屋にいくと、彼女は横になっていた。意識をとりもどしたのは早かったけれど、ショックが大きかったようだ。

「私……、どうしたのか? 自分でも憶えていなくて……」

「どうやらここは、魔力が強い場所らしい。自覚は?」

「確かに、強いとは思うけれど……。もしかして、それが私が暴走した理由?」

「よく分からない魔法をつかったことで、余計に強まったんだろうね」

「…………」

 落ちこんでいるソワに、強くいうこともできなくなった。確かに、魔術師が暴走したなんて、恥ずかしいと感じているはずだ。

「気分を変えて、みんなでお風呂に入ろう!」

 エスリがそういいだした。「当然、ファルデルは別だよ」

「分かっているよ。ボクは外で薪でも割っているよ」

 恐らく、女の子だけで話をしたいのだ。女心に疎いとされるボクでも、それぐらいは分かる。黙って外にでることにした。

「覗くなら今だ!」

 セイヤがそういって勢いこむが「覗かないから……」

「命の恩人だぞ。裸ぐらいみても減らんだろ!」

「ボクの信用が減るよ……。しかし、あの時セイヤはどうして突っこんだんだ?」

「魔力の糸みたいなものが、彼女に絡みついているのが分かったからだよ。それを外せば解消できると思ったんだよ」

 ボクの目を通して、外の世界をみているはずだけれど、見えている景色はどうやらちがうようだ。


 三人はお風呂に入っている。ミレニアはまだ十三歳で子供っぽい体つき。エスリはエルフとしては若いとのことだけれど、胸も豊かで腰つきも大人のそれだ。

 二人はもう何度か、一緒にお風呂に入ったりもしているけれど、ソワとは初めてだった。そして、二人とも初めてソワの裸身をみて「おぉ……」と感嘆の声を上げてしまう。

「着やせするタイプなんだな」

「意外です。大きなお胸……」

「む、胸は締め付けて、目立たないようにしているから……」

「どうしてですか?」

「冒険者といっても、悪いことをする奴らもいる。特に魔術師の女性は、腕力の強い男性冒険者の、毒牙にかかりやすい」

「分かるわぁ~。私もこれまで、2つほどパーティーに臨時参加したけれど、エロい目でみる冒険者がいて、すぐ抜けたよ」

「えぇ~! 怖いですね……」

「ファルデルは大丈夫そうで、安心したよ」

「あの人は優しいんです。冒険者には似つかわしくないぐらい……」

「何であいつ、冒険者をしているんだ? 前も聞いたけれど、ミレニアの回復は結構強力なのに、何であいつと組んでいるんだ?」

「私は……ファルデル様についていく、と決めたんです」


「あの窓から覗けるだろ? なぁ、覗こうぜ」

「ダメだって……。あ、こら!」

「オマエが覗かないと、オレも見えないんだから……。抵抗すると、壁に衝突してイイワケできないようにするぞ!」

 ボクは壁に手をつくが、頭は上げず、下半身の動きに抗ってそれ以上、近づけさせないようにする。

「諦めろ……、ボクは覗かない!」

「溜めると病気になるんだぞ。素直になれよ。オマエだって覗きたいと思っているんだろ?」

「ボクは……彼女たちの期待を裏切るわけには……」

 そのとき、お風呂の中から声が聞こえてきた。


「ファルデル様は、冒険者としては駆けだしだった私のことも、丁寧に指導して下さいました。それこそ、私もパーティーで怖い目に遭ったこともあります。でも、そんなときはいつでもファルデル様が守って下さいました。あの方の誠実さに、私はずっとついていこう……と決めたのです」

 セイヤの動きが止まった。

 ボクも真っ赤になるほど恥ずかしかったけれど、ミレニアの言葉はセイヤの興奮も鎮めてくれたようだ。

「確かに、誠実かもしれないけれど、臆病なだけかもしれないぞ」

 エスリがそう茶々を入れる。「童貞だったり……」

「童貞の何が悪いんですか? 私はファルデル様の誠実さが好きなのです。童貞かどうかなど、関係ありません」

 ボクは泣きそうだけれど、それはセイヤも同じだったらしい。萎えていくのが分かった。

 ミレニアがひたむきに否定してくれるのが嬉しくて、気恥ずかしくて、ここに立っていることすら恥ずかしい。

「私はファルデル様に一生、ついていきます!」

 ボクたちはすごすごとお風呂の横から退散することにした。

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