第7話 怯え

   混濁連鎖


 脱衣所にミレニアは倒れていた。当然、服を脱いではおらず、白いローブは着たままで、完全に意識を失っていた。

「このまま襲っちまえ!」

 セイヤはそういって、ボクを急かすけれど「意識を失った女の子を、手籠めにしてどうする!」と窘める。

 でも、病気とかではなく、単なる気を失っただけだったので、リビングに連れていって寝かせておく。

「もしかしたら、お風呂に何かあるのか……?」

「呪いってこと?」

 そういってエスリは震えるけれど、ボクはそういうものを信じていないし、まったく怖くはない。エスリは怖がって連れていけないので、一人で脱衣所にむかった。

「セイヤはお化けとか、呪いとか、怖くないのか?」

「怖いさ。でも下半身になって今さら幽霊がコワい! とか言っていられるか? という話だ」

 なるほど、幽霊より怖い話だ……。これで下半身が周りの人と話をするようになったら、もうホラーを通り越して喜劇になるけれど、今のところ音声出力機能は備えておらず、ボクと脳内で会話をするだけなので、周りにも気づかれていない。ただボクの戦闘力の低さが、いずれ問題視されたら……。上半身と下半身が分断している話をしないといけないかもしれない。


 ここは宿として建てられ、その後で冒険者などに一棟貸しされるようになったそうだ。なので脱衣所は広く、三人ぐらいが入っても余裕だ。

 お風呂は一つなので、男女混成のボクたちのようなパーティーでは、時間を別けてつかうようになる……などと考えつつ、辺りをみまわすけれど、おかしいところは特にない。洗面所は二つあるし、鏡も二つだ。

「合わせ鏡だと、十三枚目に自分の死に顔が映っている……という怪談を知っているか?」

「知っているけど、合わせ鏡じゃないから。ふつうに横並びだから、これでびっくりしたわけじゃない。何に悲鳴を上げたんだろう……?」

 お風呂場にも入ったけれど、お湯が張っておらず、寒々とした印象がある。洗い場も三つあって、湯船も大きくて三人が一緒に入れるほどだ。

「女の子たち、三人が並んで入る図を想像すると……ソソるな!」

「そんな想像力がたくましくないよ。何か感じないか?」

「感じるよ。ビンビン!」

「いや、そういう意味じゃなく……」

「魔力が迸る感じだ」

「え? どういうこと?」

「ここに何らかの結界か、術式がほどこされているんだろう。それ以上のことはオレには分からん」

 どうやら下半身だけのセイヤは、そういう点に敏感のようだ。意外な特性だけど、これで理由は分かった。


「えぇ……何か魔法の類かもしれません。バチンと頭の中で弾けた気がして……」

 目を覚ましたミレニアが、そう証言するので、間違いなさそうだ。

「じゃあ、三人で行こう」

「何でよ!」

 エスリが猛烈に拒絶するけれど、お化けとか、ではない。「結界や、何かの術式ならその元をみつけるため、だよ。それが、前の住人が全滅した原因なら、とり除けばいいじゃないか」

 お化けじゃない……と聞いて、エスリも渋々ついてくる。

 ミレニアは逆に、魔力をもつのでまた敏感に反応してしまうかもしれず、慎重にならざるを得ない。

 ボクとエスリはお風呂場まで入って、調査をすることにした。怖いといっていたエスリも、一旦ここまでくれば問題ないようだ。三人だし、男性であるボクもいるので心強いのだろう。とにかくボクとエスリがメインで、何らかの発生源をさがさないといけない。

「こんな広いお風呂に入ってみたいな……」

 エスリも何となく、うきうきしてきたようだ。でもそのとき「痛ッ!」と、何かに感電したように、エスリが倒れてしまった。


 エスリが直前にさわっていた鏡を調べることにした。

 鏡を外すと、そこには呪文のようなものが彫られていた。

「これは……遠隔透視術のようですね」

 ミレニアがそういって、恐る恐る覗きこむ。

「遠隔透視?」

「遠くからここを覗こうとした……ら、逆の作用になっていますね」

 ここの映像を吸い上げて、遠くに飛ばそうと画策したようだ。でも、その反作用のように魔力を集めてきては、ここにいる魔力の高い人に注入してくる作用となってしまっているようだ。

「多分、ずっといる人だったら、少しずつ注入され、ある日突然それがオーバーフローするんですよ。私は久しぶりに現れた魔力をもつ人間だから、一気に浴びちゃったのかもしれません」

 これが全滅の真相か……。でも、それだと理由として弱い気もするけれど……。とにかくそれを排除すれば、普通に生活できそうだ。

 呪文の消去を終えて、エリスをはこんだリビングに戻る。意識は失わなかったけれど、気分が悪いというので運んでおいたのだ。

 すると、暖炉に火が入っていた。薪が入っていたけれど、火種がないからと諦めていたものだ。

「あれ? 火種があったの?」

「私……魔法をつかえるようになっちゃった」

 エスリがまるでお化けでも見るような、怯えた視線でその炎をみつめていた。






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