第3話 ベッドイン

   断機之誡


「勇者様、心配しました……。お、お元気ですね?」

 神官の少女からそういわれるのも、ボクの下半身がベッドで、バタバタと暴れるからだ。

「ごめん、ごめん。今日は運動不足でトレーニングしていたんだ。ミレニアはどうしてここに?」

 下半身が暴れないよう、コルセットを押さえつつ、そう尋ねた。

「モルドゥたちが勇者様を追いだした……と聞いて、追いかけてきたのです。でもよかった……。勇者様が投げ槍になって、一人で冒険にでていなくて……」

 下半身が大人しくなった。どうやら、ボクがついた嘘に気づいて、事情を斟酌しているようだ。

「ミレニアもボクを追いだした側だと思ったよ」

 彼女はミレニア・ラル――。ボウタリス教の神官である。

「そんなことは絶対にありません! 私は勇者様についていきます!」

 ミレニアは怒った顔で、ボクに詰め寄ってきた。ボクは素直に「ありがとう……」と涙ぐみながら応えることしかできなかった。


「おい、話がちがうな」

 ミレニアが出て行ったとき、下半身のセイヤが語りかけてきた。

「ごめん……。嘘をついていた。ボクはパーティーのメンバーに裏切られて、一人になった。それで一人で冒険にでて、あそこで真っ二つに……」

「誰に?」

「そこの記憶は曖昧……だよ」

「……ま、そんなことじゃないかと思っていたよ。あの娘は何だ?」

「ボウタリス教の神官。勇者候補になると、監視役も兼ねてヒーラー役として神官がパーティーに加わるんだよ。彼女もボクを追いだした側と思っていたけど、ちがったようだ」

 ボクは泣きそうだった。全員が、ボクを否定したわけじゃない……と知れたから。

「あの娘、いくつだ?」

「十三……って、おい! まさか……?」

「ガキだけど、やっちまおうぜ」

「何を言っているんだ⁈ 神官は身を清く保たねばならないんだぞ!」

「処女ってことじゃねぇか!」

「だから、そんなことをしたら神官でいられなくなるんだよ。ダメだ、絶対!」


 そのとき、ミレニアがもどってきた。

「今日は満室のようです。ここに泊まることにしました」

「え⁉ 大丈夫……?」

「何を驚いていらっしゃいますか? 何度もあるじゃないですか。そうと決まれば、私はお風呂をいただいてきますね」

 ミレニアはそういうと、部屋を出て行った。

「体をきれいにしてくれるってよ」

「だから、ダメ! オマエ……性欲が強いな」

「ま、女は好きだが、元の世界ではこれほどじゃなかった。もしかしたら下半身だけとなって、性欲が抑えられんのかもしれない」

 感覚器官はボクと共有する……といっても、彼が直接かかわるのは陰嚢だけ。そこが敏感になっているのか……。

 感覚のパスが通じているので、ボクも下半身に何が起きているのか? 理解できていた。そう、おっ立っているのだ。

「離れたら死ぬって言っていたよな? もしお前が無理やり、そんなことをしようとしたら、オレはそこの窓から飛び降りる。セイヤも死ぬことになるぞ」


「おいおい……本気か?」

「勇者の覚悟をなめるな!」

「分かったよ。オレもガキの処女を無理やりっていうのは、正直あまり気乗りしないからな……。でも、さっき気になることを言っていたが、一緒の部屋に泊まるのが、よくあること?」

「冒険をしていると、パーティーのメンバー同士、ダンジョンの中で身を寄せ合って眠るだろ? 宿だって、人数分がないときは男女関係なく一緒に寝ることもあるって話だ」

 もう一つは、お金がなくて部屋数を少なくするとき……。

「あんな子と一緒の布団で寝て、手も出さないのかよ……。童貞か?」

「そうだよ。でもそれは勇者として、使命を帯びている以上、仕方ないんだよ」

「童貞が、勇者の条件?」

「ちがうよ。勇者になったらそういう欲望を断ち切って、魔王を倒すために頑張るって話だ」

「要するに、童貞で勇者候補になったから、童貞を貫くって? それでさっきみたいに死んだら、それでいいのかよ?」

「死んだらそうなるけど、別に死ぬと決まったわけじゃない!」

 半ば怒ったように言うのは、未だに魔王の脅威がつづき、勇者システムが生きている……ということは、これまでの勇者が魔王討伐に失敗しているから。勇者が死んでいるからだった。


「良いお湯でした……」

 ミレニアがお風呂からでて、部屋にもどってきた。もう眠るつもりなので、神官服を脱いで、肌着となっている。

「あれ? 勇者様は防具を脱がないのですか?」

「今日は防具を着たまま寝ようと思って……」

 下半身が勝手に動かないよう、防具で仮留めしておかないと不安だった。

 その部屋はベッドと、小さな机が一つだけの簡素なものだ。ただベッドはセミダブルぐらいの大きさがあり、ボクが横たわっているその隣に、ミレニアは何の警戒心ももたずに滑りこんできた。

 そう、同じ冒険者パーティーとして、こういうことは偶にある。でも、これまでは勇者としての使命を感じ、彼女も神官として貞操を守る、という前提があったから、特に気にすることもなかった。

 でも、今はボクの下半身が別人格なのだ。変なことをしないよう、ボクには新たな使命が加わった気がしていた。











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