第2話 下半身の事情
岐路亡羊
「オマエ、本当に勇者なのか? 強そうに見えんぞ」
下半身はそんな失礼な質問をしてくる。
「少なくともこの世界で五本の指に入るよ」
「最強じゃねぇのかよ⁉」
「勇者候補は五人。ボクらは競争をしながら、それぞれが魔王討伐に向けて活動しているんだ。だから五人のうちの一人って感じだよ。
教王庁から勇者候補として指名されるが、多少のサポートはあっても、自分で努力するしかない。あくまで強さ、運、そういったものが勇者にふさわしいと判断されてなるものだ」
特別な力や防具など、与えられるわけでもない。指名はされても、後は努力次第である。
「仲間はいなかったのか?」
「いたよ。でも、ボクが死んだと思って、去ったのかな……」
これは嘘だった。少し前に、パーティーに亀裂が入って、ボクは仲間と離れて一人となった。
それで単騎で森に入って、経験値を上げようとした。記憶はそこまでで、どうしてあそこで真っ二つにされたのか? 誰に? そういったことは憶えていない。それも不思議だった。
高い城壁にかこまれた、町に到着する。勇者候補になると、印璽を手の甲に刻まれて、それが本人証明ともなっていた。
門衛もすぐ開けてくれる。
「うぉ~ッ! 町だ! 女だ‼」
下半身は雄たけびを上げるし、何だかうきうきと、ボクが意図するのとちがう歩き方をする。
すでに夜、町を歩く人はいないけれど、二階建ての木造の家々が少し離れたところにあるお城まで、埋め尽くすように建てられている。
「女のいる店に行こう!」
下半身はそういうが、ボクは「何でだよ。お金がないって言っているだろ。まずは換金だ」
ギルドに行くと、受付嬢は笑顔で迎えてくれた。夜でも冒険者がいるので、ギルドは開いている。
「勇者、ファルデルさんですね」と、ローンウルフの毛皮を査定してくれた。
「そのお金で女のいる店に……」
「今日、宿に泊まったらなくなるよ。それよりこのままだと戦えない。戦えないと、お金も稼げない。まずは防具を替えるところからだ」
ギルドの隣には装備屋があった。通称、何でも屋――。元冒険者が経営することも多く、冒険者向けの武器、防具、道具などが売られている。
「勇者様じゃないかい。道具かい?」
店主は高齢の女性で、元魔法使いという話だ。
「勇者の扱い、軽くないか?」
下半身がそう声をかけてくるが、無視して「防具の交換をしたい。腰の負担の少ないものがいい」
「腰かい……。じゃあ、お腹まで覆うこれがいいね。差額は3万Gだけど、サインを入れてくれたら、差額はなしでいいよ」
その申し出にしたがって、防具を交換してもらった。
「どんなシステムなんだ?」
「勇者がいずれ魔王を倒した暁には、箔がつくだろ? 使用済みの防具なんて強度も下がり、また癖もついているから価値は低いが、骨董なら売れる。ボクの知名度、実績だと3万Gぐらいがちょうどいいつり合い、と判断されているんだよ」
宿に落ち着いて、やっと話ができる。ベッドに横たわって、下半身と話をすることにした。
「君は……何者だ?」
「目、鼻、耳、そういったものはオマエと共有するが、そこから判断するに、オレは異世界からの転移者だ。意識がここに宿った」
「転移……そういう話は聞いたことがあるけど……」
「本当か? もどれるのか?」
「知らないよ。噂話を耳にした。実際に会うのは初めてだ。しかも下半身……なんて聞いたことがない」
「ま、仕方ないな。しかし転移者が他にもいるのなら、希望ももてそうだ」
「君を何と呼べばいい?」
「セイヤと呼んでくれ。オマエは?」
「ファルデル・アウォード。アウォード村出身の、刀鍛冶の息子だ」
「村名と、苗字が一緒?」
「貴族以外、ここでは固有の苗字なんてないよ。昔は鍛冶屋の息子とよばれていた。でも勇者に指名され、村名を名乗ることにしたんだ」
「その勇者の指名とやらが、いまいち分からん」
「異世界から来たのなら、ちゃんと教えないとね。ボウタリス教という宗教が、このシュターク王国の国教なんだけど、その中心が王都にある教王庁。そこが勇者を指名するんだよ。ボクも驚いた。冒険者にも登録していなかったからね。選抜された理由は不明さ」
「騙されているんじゃないのか?」
「そうかもしれない……。特別な力があるわけじゃない。あくまで運命が魔王を倒す可能性を指し示しただけ……だからね。でも、ボクはそれを受け入れることにしたんだ。魔王を倒すことができるかどうか……それは分からないけれど、期待されたら、それに応えないと……」
下半身……セイヤは足を組んで、態度も悪そうに「オマエ、騙され易そうなタイプだな……」
「否定はしないよ。でも、もうダメかもしれない。こんな上半身と、下半身が別々なんて……」
そのとき、部屋のドアが激しくノックされ、返事を待つまでもなく、ドアが勢い込んでガチャリと開いた。
「勇者様、大丈夫ですか⁈」
そこに飛びこんできた、神官服をきた少女をみて、セイヤは叫んだ。
「女だ~~~ッ!」
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